「死ねばいいのに」
京極夏彦
講談社

2011.9.4

女が殺された。たまたま駅前でストーカーに搦まれているところを助けた青年がその女に関係した人々に生前の彼女の生きざまを聞いて廻る話。一人目は彼女と不倫関係にあった男。二人目は彼女に自分の彼氏を寝取られ腹いせに汚い言葉で罵りメールを出し続けていた女。三人目は、彼女を情婦としていたヤクザ。四人目は、借金のカタに自分の娘の彼女をヤクザに売り飛ばした母親。五人目は、事件の担当刑事。五人が五人とも、彼女の事は何も分かっていず自分の事しか、それも不満だらけで人生に疲れた話しかしない。ぐつぐつ不平言うなら「死にゃいいじゃん」と尋ねてきた青年に言われる。最後の六人目は、死ねばいいのにと彼女を殺した青年の国選弁護士。この六人目は蛇足だ。この六人目でこの物語を駄目にした。読んで楽しい本ではない。不愉快になるぐらい人間の弱い心理、全てが自分の所為なのに、他人、他の所為にしたがる一面をついているので重たく響いてくる。自分にも当てはまる事が多々ありハッとさせられる。奇異な作家だ。ただし、一つ一つの話がくどくて厭になる。もっとすっきりとさらっと書けばいいに。
「風待ちのひと」
伊吹有喜
ポプラ社

2011.9.6
2008年ポプラ社小説大賞特別賞受賞作。作者デビュー作品。妻の不倫や母の死で精神的にダメージを受けた男が母親の遺した家の整理をかねて海沿いの町に、夏の間だけ滞在することになった。母親の遺品の整理を手伝う事となったのが貧しい生まれと学のないことをひけめに感じている女。彼女も一人息子を海で亡くし夫が大阪で寂しく野垂れ死にしたと云う心の傷を負っていた。お互いの心の傷がお互いの思いやりで踏み外したんじゃないよ、風待ち中、いい風が吹くまで港で待機してるだけと癒えていく。女性作家ならではの細やかさで女の、心憎いお節介さがものの見事に描かれグイグイと引き込まれる。清涼感溢れる心が和むラブストリー。 
「天地明察」
冲方丁(うぶかたとう)
角川書店

2011.9.16
2010年吉川英治文学新人賞及び本屋大賞受賞作品。将軍様の前で、剣術で言えば御前試合にあたる御城碁を打つ事が許された碁打ち衆四家のうちの一つ、安井算哲の次男として生まれた春海。中国から渡来し八百年用いられてきた授時暦が、月日の運行から乖離していると云う誤謬が明白となり、保科正之より日本独自の太陰暦を作り上げると云う改暦の儀を拝命する。天を相手の真剣勝負、誤謬を解く明察まで二十二年の歳月を要す一介の碁打ちにして算術暦学の渋川春海の改暦に関わる生涯が描かれた作品。淡々と事実だけが詳細に綴られていくと云った展開で興奮を呼び起こすような物語でなく残念。何か歴史読本と云った感じ。 
「阿片」
佐伯泰英
講談社文庫

2011.9.22
交代寄合伊那衆異聞シリーズ第5弾。阿片を吸引したと見られる遊女の死人が何人も出る状況の中、大量の阿片が長崎に入り込んだ。阿片の密輸を巡る唐人の闇組織に三本の三挺鉄砲と豪剣で挑んでいく。侠気ある生き方が胸を打つのは、何時もの事なのだがストーリーの展開がマンネリに感ずる。 
「寡黙なる巨人」
多田富雄
集英社

2011.9.25
国際免疫学会連合会長の著者が、旅先で突然脳梗塞の発作に見舞われる。死線を彷徨い、三日後、気が付いた時は右半身が完全に麻痺し、言葉も一切しゃべれなくなっていた。唾さえ飲み込む事の出来ない嚥下障害、言語障害、半身麻痺等など筆舌に尽くせぬ苦しみから這い上がった一年間の壮絶なるリハビリの記録と、日々のできごとを綴ったエッセイ。克己力、精神力に感服。寡黙なる巨人とのタイトルは、麻痺した自分から、何か不思議な、まるで不器用な巨人が生まれ、だんだんそいつが姿を現してきた如く筆者が感じた事を云っている。正に新たなる巨人の誕生なのであろう。
「小さいおうち」
中島京子
文藝春秋

2011.9.30
2010年直木賞受賞作品。昭和の初め、東北の田舎町から農村の口べらしで東京に女中奉公に上京し、終戦間近に故郷に帰るまでの間の一人の女中さんの回想録。赤い洋風の瓦屋根の小さな家で10年以上も奉公し、「この家を守ります」と唯一無二の自分の場所と思った奉公の日々が上品な語り口で綴られる。 最終章で、突然語り手が主人公の女中さんから、その甥に替わり、女中さんが亡くなった後の後日談となるのだが、奉公先の美しい美しい奥様の恋愛事件にかかわる、あっと驚く事実が明らかになる。女中業を全うした一人の女の生き方が語られる。筆者によると、執筆にかかるまで約2年、神田の古本屋や国会図書館、当時の婦人誌、レストランガイドや旅行案内などから情報を仕入れたとの事。正にプロと呼べる書き手の素晴らしい作品。 

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.9