「どうで死ぬ身の一踊り」
西村賢太
講談社

2011.10.6
昭和の初め、芝公園で凍死した破滅型私小説作家、藤澤清造の没後弟子を自称する作家が、清造の菩提寺のある石川県七尾市に月命日の毎月29日に展墓し、清造の墓標を東京の著者居室に持ち込む話の「墓前生活」。清造晩年の詠句「何のそのどうで死ぬ身の一踊り」から引いた題名のもと、不様で惨めな一踊りを語り、一緒に暮らす女に暴力を振るう男の捨て身の開き直りと無限の怨みの話「どうで死ぬ身の一踊り」。同棲する女との確執を語った「一夜」の三作品。才にまかせただけの観念の産物でなく、作者自身の血と涙で描いたと跋にあるが、胸に響くものがない。私小説の限界を感じる。
「残虐記」
桐野夏生
新潮文庫

2011.10.8
2004年柴田錬三郎賞受賞作。自分は少女誘拐監禁事件の被害者だったという手記を残して作家が消えた。小説内小説で驚くべき事実が明らかにされる。よくもまあ監禁と云う異常なる環境での少女の心の内がこれほどまで分かるものかと驚き。異様で不気味で、息もつかせぬ迫力が迫ってくる作品。 
「漂砂のうたう」
木内昇(きうちのぼり)
集英社

2011.10.12
2010年直木賞受賞作品。明治十年の根津の遊郭を舞台に、御一新によってすべてを失なった御家人の次男坊だった定九郎、花魁、正体の知れない噺家達の苦悶を描いた作品。胸躍るような展開がないのだが遊郭と云う見知らぬ世界なのだろうか、不思議と惹きつけられる。気品、艶のある言葉使い、古語が見事に散りばめられる。大変な苦新作。何度でも読みたくなる作品。ただ、面白いかと問われれば面白いとは言い難い。 
「剣客商売一 ・剣客商売」
池波正太郎
新潮文庫

2011.10.14
剣客商売16巻シリーズの第一巻。田沼意次の権勢はなやかなりし江戸中期、40歳も年下の下女に手をつけてしまう白髪頭の粋な小男と浅黒く巌のように逞しい息子の剣客父子二人が悪事を叩き斬る話。作中に「どの様な展開になるのか筆者も実は楽しみ」とある様に筆者も楽しんで書いている。それを読む読者が楽しくない筈がない。軽妙洒脱の一言。ただ、話がうま過ぎてハラハラドキドキがない。
「剣客商売十・春の嵐」
 池波正太郎
新潮文庫

2011.10.15
息子、秋山大二郎の名を名乗って辻斬りを繰り返す頭巾の侍。しかも狙われるのが幕内で激しく対立する田沼意次と松平定信の家臣ばかり。展開の巧さ、無駄のなさ、多彩な登場人物で最後まで一気に読ませる。しかし何故だが胸に響く何かが無い。面白いだけでは足りなく共感出来る生きざま等が欲しい。

「水滸伝・十八 乾坤の章」
北方謙三
集英社 

2011.10.16
宋禁軍と梁山泊軍が対峙したまま三ヶ月半むかい合っている膠着状態の中、好漢108人の内、最初に戦死した青面獣楊志の息子楊令が、待ってましたの子午山からの登場。その力量から、敵軍に包囲された扈三娘を救出し壮絶な戦死を遂げた一代の英傑豹子頭林冲の騎馬隊を預かる事となる。5万にも達する宋禁軍の騎馬、歩兵が梁山泊軍に襲いかかる戦いの有様が手に取る様に描かれ、そのスケールに引き込まれる。前十七巻で熱血度が落ちたと思われたが、この十八巻でまた戻ってきた。死ぬ時に良い人生だったと死んでいく好漢の生き様に本当に血がたぎる。
「水滸伝・十九 旌旗の章」(せいきのしょう)
北方謙三
集英社

2010.10.19
待望と云うか、遂にきた北方水滸伝完結編。 八万の宋禁軍と五万の梁山泊軍の対峙。禁軍は十段に構え次々と前衛を入れ替え総攻撃で来た。楊令は、敵を何人斃すかは問題でない、禁軍総大将童貫一人の首だけを狙うが重傷を負わしただけでわずかのところで逃がしてしまう。圧倒的水軍の力の差で遂には梁山泊侵略を許してしまう。梁山泊総大将宋江死亡。替天行道の旗は楊令に託される。好漢一人一人の壮絶な死にざまが語られる。「忘れるな。志の為に闘うのだ。誇りの為に闘うのだ。勝つまで死ぬな。すべてが尽きても命そのもので敵に食らいつくのだ」と、好きだった好漢が斬り死にすると涙が滲む。展開が気になりゆっくりと読めずページを捲ってしまう。
漢と書いて「おとこ」と読む。そういう漢の小説を書いてみたかったと筆者は云う。その漢たちの一代の素晴らしい人生絵巻であった。北方水滸伝有難う。 
「望郷の道」上
北方謙三
幻冬舎

2011.10.20
作者の曾祖父母をモデルに描いた立志伝。妻を、二人の子供を、そして一家を支える郎党を守るための凶行。結果、唐津を追放され一人台湾に渡る。失意で過ごす前に幼子を連れた妻が突然現れる。家族の支えのもと、借金でキャラメルと饅頭商売を始めるまでの話(上巻)。本の帯の「すべての北方作品は、この小説を書くためにあった」の宣伝文句に嘘がない。父親の死後、一人娘として肩に鮮やかな緋の鯉の刺青を入れ稼業の唐津、七山、古場の三ヶ所の賭場を守る自分の決心を示した健気な魅力的な、将来妻となる女を、北方流の飾らない簡潔な言葉が際立たせる。涙を禁じえない展開。北方作品5冊目の私の好きな100冊入り。
下巻では、所払になって台湾に渡って来て以来、何時か佐賀に戻って、妻に古湯の温泉に浸って骨休めさせたい執念で一家で頑張る話。大阪にも生産、販売拠点を作るまで成功し遂には佐賀の駅前で全国販売に先駆けて夫婦二人でドロップの新製品販売に至る波乱万丈の立志伝。
「攘夷」
佐伯泰英
講談社文庫

2011.9.25
交代寄合伊那衆異聞シリーズ第6弾。開明派、隠れキリシタン対策なのか、小野派一刀流の名手と云われる大目付宗門御改加役人の長崎入り。攘夷を掲げる水戸浪士を長とする浪士団が、夷狄やバテレンを友とする心得違いを成敗すると座光寺籐之助に襲いかかる。隠れキリシタン狩りには、イスパニア人の医師を父に、隠れキリシタンの女長を母に持つ長崎町年寄の孫、玲奈と共に対抗する。展開が全くマンネリで読む気がしない。シリーズ3作から長崎での話なのだが、この5作迄展開がマンネリ。4,5作が不要の駄作。1,2作が途轍もなく面白かったのに残念至極。
「遠野物語」
柳田国男
岩波文庫
2011.10.29

人煙の稀少なる事、北海道石狩の平野より甚だし奥州陸中上閉伊(かみへい)郡一帯の口碑集。山神山人の伝説を語りて平地人を戦慄させたいとの趣旨で遠野の人より聞きし話を筆記せしもの。献辞に、「外国の在る人々に呈す」とある。
オクナイサマを祭れば幸い多し。或る年田植えの人手足らず。ふと何処よりともなく丈低き小僧来たり手伝いてくれる。家に帰りて見れば、オクナイサマの神棚のところに止まる小さき泥の足跡あまたあり。その扉を開き見れば、神像の腰より下は田の泥にまみれていませり。
川には河童多く住めり。二代まで続けて河童の子を孕みたる者あり。生れし子は斬り刻みて一升樽に入れ土中に埋めたり。
貧しき百姓の娘が馬を愛し、ついには馬と夫婦になれり。父がこの事を知りて馬を殺したり。娘は、切り落とされた馬の首に乗りたるまま天に昇れ去れり。この時よりオシラサマと云う神なれり、等など天狗森の天狗やら、相撲をとる狐等の説話蒐集。
解説の桑原武夫は「近ごろ稀な衝動を与えてくれた喜ばしい読み物。耽読した」とある。最初は馴染めずいったりきたりしたが慣れてくると、味わい深い美しい文語体が溶け込んでくる。書棚に置きたい本。じっくりと読みたい本。
  
「三国志 一の巻天狼の星」
北方謙三
角川春樹事務所
2011.10.31

後漢末の中国。政が乱れ賊の蔓延る世に。黄巾賊が全土で蜂起する中、劉備は 関羽、張飛と共にその闘いに身を投じて行く。官軍として黄巾賊討伐にあたる曹操。義勇軍に身を置き野望を馳せる孫賢。覇業を志す者たちが起つ。(文庫カバーより)
西暦184(黄巾の乱)この頃、倭国では卑弥呼が邪馬台国の女王に。189(霊帝没す。大将軍何進、宦官に殺害される。董卓、少帝を廃して献帝を擁立)190(群雄が反董卓連合に結集。董卓、洛陽を焼き払い、長安に遷都)
中頃までは、漢たちの人となりがめずらしく浮き上がってこず余り引き込まれなかったが、後半に入り俄然面白くなってきた。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.10