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「三国志 二の巻参旗の星」
北方謙三
角川春樹事務所

2011.11.1
繁栄を極めたかつての都洛陽は焦土と化した。長安に遷都した董卓の暴虐は一層激しさを増す。政事への野望を目論む王允は、董卓の信頼厚い呂布と妻に姦計をめぐらす。百万の青州黄巾軍に僅か三万の兵で挑む曹操。父孫堅の遺志を胸に秘め覇業を目指す孫策。関羽、張飛と共に予州で機を伺う劉備。秋の風が波瀾を起こす(文庫カバーより)。
西暦192(呂布、董卓を殺害。曹操、えん州を制す。孫堅、荊州侵攻の途上で戦死)196(劉備、呂布に徐州を乗っ取られる。曹操、献帝を許に迎える)
それぞれの英傑が、ぞれぞれの闘い方、「意味のある死ならば死を怖れない」、「兵糧がなければ、敵を殺してその肉を食らえ」と天下人を目指す姿に心を揺さぶられる。鎧から具足のすべてが黒で統一され、赤い布を首に巻き、全身を血で染めたように赤い駿馬赤兎を駆る父親殺しの極悪人とされた呂布を堪らなく好きになる。
「三国志 三の巻玄戈の星」(げんかのほし)
北方謙三
角川春樹事務所

2011.11.5
混迷深める乱世に、ひときわ異彩を放つ豪傑・呂布、袁術軍十五万の侵攻に対し、僅か五万の軍勢で退け、群雄たちを怖れさす。劉備は、呂布の脅威に晒され、曹操の客将となる道を選ぶ。曹操は、万全の大軍を擁して宿敵呂布に闘いを挑む。遂には呂布は殺される。幽州では、公孫サンが袁紹に滅ぼされる。戦乱を駆け抜ける漢たちの生き様が描かれる(文庫カバーより)。
西暦199(公孫サンが袁紹軍の前に敗死)
この三巻までの主人公は正に呂布。天下人になる事には無頓着で、ただ闘う事、それも駆け引きを一切しない真っ正面からひた押しに押していく闘いに挑んだ軍人の中の軍人、呂布。死の覚悟する前には、傷を負った愛馬赤兎と別れる心憎いほどの場面を作り、多くの読者から呂布を死なせるなとの注文がついたのもうなづける。
「陽炎の辻」
佐伯泰英
双葉文庫

2011.11.8
既刊36巻の居眠り磐音江戸双紙シリーズ第一巻。九州・豊後関前藩の中老の長子の坂崎磐音は、幼なじみの自身の許嫁の兄小林琴平を藩命で討ち取ることになってしまい、関前藩を離れ江戸深川に浪々の日々を送る。ふとした縁で両替商の用心棒を引き受けるが、幕府の屋台骨を揺るがす大陰謀に巻き込まれていく。陽だまりで居眠りする猫のような不思議な必殺剣法、愛刀備前包平が踊る痛快時代小説。正に痛快で面白いのだが、この作者は時として歴史証人の語りに拘り過ぎるところがある。娯楽小説に貫徹すれば良いと思うのだが。
「豚の報い」
又吉栄喜(またよしえいき)
文藝春秋

2011.11.15
1995年芥川賞受賞作品。突如スナックに闖入してきた豚の厄を払うため琉球大学一年生の正吉とスナックのママ、ホステス二人の四人が御願のため真謝島に向かう。泊まった民宿の豚内腸の炒めもの、ソーキ(あばら骨汁)、ミンガー(耳皮)刺身、チム(肝)等の豚料理にあたり女どもは七転八倒。魂(まぶい)を落とす、ユタと呼ばれる霊能者、御嶽(うたき)と云う霊場、御嶽にお参りに行く御願(うがん)など、沖縄風習を物語に絡ませユーモラスな沖縄の人々の素朴な生活が生き生きと描かれた傑作。題名に惹かれて読んだのだが、痛快なドタバタ劇が巧みな言葉使いで語られ、人間のおおらかさ、滑稽、純朴、悲しみがうたいあげられたそれだけで値打ちがある小説。
「星が降る」
白川道(しろかわとおる)
新潮文庫

2011.11.17
標題作を含む五つの短編集。
「アメリカン・ルーレット」
かつて銀座の売れっ子ホステスだった昔の女からの電話で、勝者が掛け金を総取りするアメリカン・ルーレットスタイルの麻雀に誘われ、体よく女に金を巻き上げられるほろ苦い話。
「イヴの贈り物」
恋人ができるまでとの約束で毎年クリスマスイブに一緒に酒を飲んでいた行きつけの喫茶店のウェイトレスが、三年目、約束の酒場に現れなかった。自殺に追い込まれていた彼女の為に復讐を果たす話。
「星が降る」
自分の妻と心中してしまった義理の弟。そこまで追いつめた者に復讐する為、ただ一度の大勝負に賭ける元銀行マンの話。
常人では経験できないような世界を過ごした作者らしいアウトローの世界に、達者な洒落た筋運びでグイグイと引き込まれていくのだが、結末があっけなく、また凝ったような終わり方も興が殺がれる。残る二作はパス。
 
「なぎさホテル」
伊集院静
小学館

2011.11.18
伊集院静は、二人の娘がいる家庭を崩壊させ傷心の中、行くあてもなく古いトランク一つ抱えて東京駅にたっていた。山口防府の海辺育ちもあって、東京を出る前に関東の海を見る気になり厨子に降り立ち、そこで、皇族御用達の厨子なぎさホテルに七年余り過ごす事となる。出世払いで良いと支えてくれた支配人の事、ホテルで出逢った人々との心温まる交流など、作家を生業としていくまでの苦悩や青春の日々が綴られている。
元来のいい加減さや性悪な気質をかろうじてバランスを取ってこれたのは、見守ってくれた人々の情けでしかなかったと、また何故小説を書くのか、ともかく日々文章を書き続ける行為の中でしか、その問いを解く鍵には近付けないと云っている。作者の判断基準は、品性とのようだが、心の和む品性のある自叙伝。
「夜と霧の隅で」
北杜夫
小学館(昭和文学全集22)

2011.11.20
1960年度芥川賞受賞作品(12人の選考委員のうち、10人が◎の評価)。ナチスドイツ「夜と霧」命令でガス室や竈の中で抹殺された犠牲者に止まらず、遺伝性精神病者の断種法のもとに、不治の精神病患者に対して安死術(法制定初年度で、5万6千余の断種手術)が実施されていたのだが、極秘裏に安死術を認可するナチスドイツ政権に抵抗して、不治患者として選出されぬよう精神病患者に脳の手術、薬物の投与、電気ショックなどの治療を限界まで試みる医師達の姿を描いた作品。一人の医師が叫ぶ「人間に、この世界にどういう意味があるのか一体誰が答えられる」の言葉が心に残る。
 一節一節を読む限りでは、なぞりたいような硬質な綴りなのだが読み続けるにはひと苦難。身の毛がよだつ様な不気味な前頭葉切裁手術の場面で、緊張感が走る以外は退屈でもある。この作者の他の評判の短編でも何故か読み難い。
 「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話がある様に、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は
 次第にうすれ、やがて時間の深みの中に姿を失うように見える」。(北杜夫 最初の作品「幽霊」の初っ端)
この人の作品は端座して読む必要がある。けっしてユーモア作家でない。 
「白い闇」
松本清張
リブリオ出版(松本清張自選短編集2)

2011.11.22
夫が仕事で北海道に出張すると家を出たまま失踪した。夫に揶揄されても静かに苦笑しているだけの、夫の二つ下の、自分に思いをよせている従弟と行方不明になった十和田湖に二人で出かける。従弟が夫を殺した犯人であると思われるのだが証拠がなく、なす術がない。犯人であろう従妹と二人で危険を顧みず湖畔からホートで湖畔に漕いで行く。
「危険な斜面」
10年前、何度かの交渉をもった新宿裏のあるバーの女給と歌舞伎座のロビーで10年振りに偶然会う。彼女は、自分の勤めている会社の親会社の会長の四人いる愛人の一人におさまっていた。秘密裏に復縁した彼女を利用して昇進に成功した男はやがて彼女の存在が邪魔になり、彼女を殺す事になってしまう。アリバイ崩しのスリラー。
 社会派作家と云われる松本清張の作風は暗く余り読む事がないのだが、矢張りスリラー物は苦手だ。 
「富豪刑事」
筒井康隆
新潮文庫

2011.11.24
キャデラックを乗り廻し、最高のハバナの葉巻をくわえた富豪刑事こと、神戸大助が難事件を解決してゆく(出版社内容紹介)。4篇からなる連作短編小説なのだが、唯ただ無味乾燥な言葉が連なっているだけで、最初の「富豪刑事の囮」だけ読んだだけで、残り三篇は御勘弁願った。
 

読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.11月