「草枕」
夏目漱石
岩波文庫

2011.1.3
しつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴で埋まっている俗界を脱して非人情の世界に遊ぼうとする画工の物語(解説より)。閑人適意の韻事な話、小生にはさっぱりだが、解る人には堪えられないに違いない。仏教語、禅語等初めてお目にかかる言葉が頻出し手に負えない。漱石の云う「小説は、筋なんかどうでもよく、初めからしまいまで読む必要なないんです。どこを読んでも面白いのです」と云う訳にはいかなかった。「非人情な所のない小説は些とも趣がない」のも分からなかった。本作品を理解するだけの知的レベルになるには、あとどのくらいの時間が要るのだろうか。情けない話だ。
「ヘヴン」
川上未映子
講談社

2011.1.12
斜視が原因で暴力的ないじめにあっている14歳の「僕」と、汚い身なりが原因で同じく苛めにあっている女の子の話。だらだらと同じ話が続く薄っぺらいただのつまらない話と云う感じ、何とくだらない小説かと途中でギブアップ。斜めに読み終えた。文学賞も受賞する人気のある作品のようだがどうも私には分からない。作者は「小説はしょせん作りもの。作りものじゃない自分の人生に、わざわざ作りものを今さら上乗せして自分の人生を醜く惨めにしなきゃならないんだ。だって作り物はマジックと同じでただの技術で、正真正銘の嘘なんだから。本物でないと圧倒的につまらない」と自分を卑下するような事を本文の中で云っている。
「冬の旅」
立原正秋
新潮文庫

2011.1.13
母を凌辱しようとしていた義兄を誤って刺してしまう。自分を律しきれない男の不幸と、友人から倫理そのもの云われる男の孤独が対比して語られる。食べられないものでも、飢えが手を出して食べてしまう人間の哀れさを描いた作品。多様な脇役で、その哀れさが際立ち大変面白く読める。ただ、新聞連載作品と云う制約からか、著者特有の激しさが押えられ迫力に欠ける点は残念。
「七人の十兵衛」
PHP文庫

2011.1.14
柳生新陰流の開祖、石舟斎宗厳(むねよし)の孫、十兵衛三厳(みつよし)のそれぞれに違った横貌を綴った七短編

「柳生一族」
松本清張
開祖、石舟斎宗厳に始まり、宗頼、後の宗矩(むねのり)、その嫡子十兵衛三厳まで大和柳生の小豪族から徳川将軍家指南役、大目付と栄達する来歴が記される

「秘し刀 霞落し」
五味康祐
柳生宗家の威信を脅かす尼ヶ崎、猪之田道場を潰す十兵衛の暗殺剣の話

「柳生の鬼」
隆慶一郎
きぬと云う女の力添えで十兵衛が無刀取りと云う術を体得する話し。好きになりそうな作家に出会えた。本作品が一篇として収められた柳生非情剣を早速読んでみよう。

「柳生十兵衛の眼」
新宮正春
柳生十兵衛が隻眼となった闘い

「鬼神の弱点は何処に」
笹沢左保
天下に敵なしと云われる兵法者、鬼神がみせる奇行から弱点を探るのは鬼神を倒そうと狙う柳生十兵衛と、あと二人の剣客。立ち合った十兵衛までも剣を飛ばされ死を覚悟するまで追いつめられる。予想もしない結末に。

「百万両呪縛」
高木彬光
京都に暗躍する怪盗を十兵衛が秘策で仕留める話し。端正な文章、筋運びの巧みさに惹きつけられる。50ページの短編の中で、波瀾万丈の展開の見事さに感嘆。

「十兵衛の最後」
大隅敏
死闘中に、凄まじい勢いではじき飛ばされた小石の所為で天下無敵の秘密剣に倒れた十兵衛。その死体は、自らの手で、己が顔をズタズタに切り刻んであった。十兵衛の大鷹が輪を画いて舞っていた。ジンとくるね。簡潔な筋運び、文章力に思わず上手いと。何故名が知られていないのか不思議だ。
「人間の運命」
五木寛之
東京書籍

2011.1.15
五木は言う「人は、その親のもとに生まれたと云う、決定的な大きな縁、業縁を背負って生きている。親鸞、歎異抄では「人間の行為の善悪等と云うものは、分からない。(人間は神にも獣にもなる)人間の行為は、すべて宿業による。自分勝手に出来るものでない」。人間は他の生命あるものを殺し、食う以外に生きるすべをもたない。人間の大きな宿業の一つ。私たち命あるものは、すべて悪をかかえて生きている。私と云う個人の上には、色々な自分以外の力が働いている。運命に逆らう事も出来ない。それでは、どうすれば良いのか。自分の運命をみつめ、その流れをみきわめ、それを受け入れる覚悟を決めれば運命の流れと共に生きる事が可能になる」と。

人間の最大の重荷は、仏陀が云う、生・老・病・死。五木の云う「明らかに究める」等とは到底無理な話で、無念を以って死を迎えるしかないと思っている。
「二人の武蔵」上・下
五味康祐
文春文庫

2011.1.18
播州浪人岡本武蔵、作州浪人平田武蔵、はからずも名を同じゅうする二人の武芸者の物語。岡本武蔵が佐々木岸柳を倒すまでが語られる。着想力の奇抜さ秀逸さと、綴られた言葉の巧みさで好きになった作家だが本作品は、史実の解説、史実の制約で、血湧き肉躍る展開にならない。よくもまあこれだけの筋を考えるなあと云う折角の展開が、いざクライマックスとなると史実の解説で終わってしまう。著者代表作と云われるがまったくもって中途半端で勿体ない。作者ほど、心の襞に響いてくる展開を心得ている作家は少ない。 
「蒼ざめた馬を見よ」 
五木寛之
文春文庫

1011.1.19
1966年直木賞受賞作品。ソ連では出版できない老作家の体制批判の幻の原稿を入手すると云う仕事を引き受ける。持ち出しに成功し、出版された作品は、世界的ベストセラーとなりソ連が窮地に立つ。ところが、その作品は、老作家もあずかり知らないもので、依頼人が仕掛けた驚くべき陰謀だった。直木賞選考委員の評言「待望の新人現る」とある。007もどきスケールとトリック。面白さも文句なく、あっと驚く結末。解説者も、教養ストックの質、量の確かさがなせる技と云って総員絶賛の作品だが、何故かドンと胸に響くものがない。もう一度読もうとの気にはならないのは、整い過ぎて作りものを感じてしまう所為か。
「朗読者」
ベルンハルト・シュリンク
新潮文庫(松永美穂訳)

2011.1.20
15歳の僕、学校帰りの途中、吐いてしまった。その時面倒をみてくれた36歳の女性と恋をする。彼女が僕と寝てくれたから、彼女に恋してしまったのだろうか。「まず本を読んでくれなくちゃ」と本を読む事をせがまれる。本を朗読し、シャワーを浴び、愛し合い、一緒に横になれば、全ては心地よくなった。突然、彼女は姿を消す。僕は大学進学し法学専攻する。裁判の被告人席の彼女と再会。彼女は、ナチスの親衛隊に属し収容所の看守として働いていたのだった。裁判の時、彼女は読む事も書く事も出来なかった事に気付く。だから朗読させたのだ。彼女は無期懲役の判決を受ける。彼女が恩赦で釈放されるまでの18年間、僕は朗読した録音カセットを送り続ける。釈放される僕が迎えに行く朝、彼女は首を吊ってしまう。世界中を感動させたベストセラー。大変重たい小説。ドイツでは、教材としても使われ、様々なホームページで討議の結果が公開されていたと云う。彼女は果たして裁かれる必要があったのだろうか。時間を置いて再度読む事としよう。
「仇討騒動異聞」
新潮社

「自日没」(にちぼつより)
五味康祐
2011.1.21
阿波徳島城下で家老の倅を斬って逐電した奥医師が平家の落人の里に潜伏。折から疫病で苦しむ村民に自分の所在が判明するのを承知で施療をなし救済する。噂を聞きつけた上意討ち家士6人が駆けつけるが、始めて事情を知った村民が恩人の奥医師を護り武士に立ち向かう物語。作者が交通事故で有罪判決を受けた後、半年後の再起第一作で、愛娘に「作者自身の心の苦しみが登場人物の口を通して語られている」と、亡き夫人をして「この作品は五味そのもの」と云わせしめた作品。読む事に疲れたら(若い女流作家は疲れる)、五味康祐に戻ればいいと思っている。古語が多く電子辞書が必要だが、読んで楽しい。気分がスカットする。好きな作家の一人。

「ひとごろし」
山本周五郎
藩中仲間からも、妹からも臆病者と蔑まれた男が、茶番芝居のような方法で上意討ちを果たすまでを描いた作品。

「仇討禁止令」
菊池寛
勤王の志の為、許婚の父である佐幕派の首領の家老をやむなく暗殺。親の敵とは知らぬ許婚から、その弟からも兄と慕われ苦悩する人情物語。
「柳生刺客状」
隆慶一郎
新潮社(隆慶一郎全集19)

2011.1.22
前妻を縊(くび)り殺し、息子も殺すような男が父で、この異常な父の下で生き延びる道は、弱さと律義さと従順だけと思い定めた男が、後の徳川秀忠である、の序の段で始まる途方もない話。関ケ原合戦で徳川家康は死んでいた。そして影武者の存在。徳川家の秘事を知った柳生宗矩は、世子・秀忠にそのことを洩らす。聞いた秀忠は、そなた父は好きか、と異様な問いを。宗矩は、大嫌いでござる、と答える。そのときから宗矩は秀忠の腹心となり、秀忠の命を受けて権謀術数のかぎりをつくす。読んでいてわくわくする。発想が凄い、語りも良い。好きな作家が一人増えた。
      
「あ・うん」
向田邦子
文春文庫

2011.1.23
サラリーマン部長の男と中小企業社長の男との、まるで「あ・うん」の狛犬のように親密な友情と、友の妻への密かな思慕が鮮やかに、又ほのぼのと描かれた作品。 情景が眼に浮かぶ細やかな表現がいい。また、しっとりとした女の優しさが伝わる。思わず「うまいねぇ」と口をついて出る。心の和む作品。
「阿修羅」
玄侑宗久 
講談社

2011.1.25
妻の身体には、別人格が存在する。その第二の人格は、独自の名前も持ち、時々現れては何と第一の人格をけなし、自分だけの身体が欲しいと敵対もする。霊能者に会いたいとの妻の希望で訪れた南の島では、何と三人目の人格も現れる。その第三の人格も、違った名前を持ち、催眠誘導をして、その名を呼ぶと、何と忽然と登場するのである。一人の身体に三人の別人格が存在する解離性同一性障害の話。怖いと云うより、不気味さに身震いする。最後は、三人格が消滅し、「本当に、あなたは私の旦那さん、なんですか」と訊いてくる四番目の新しい人格が現れて終わるのだが、私にはこの作品は、理解不能。
「みすずこころ」 「みすずさんぽ」
金子みすず
春陽堂書店

2011.1.27
26歳で命を絶った女性の無垢な詩。優しいまなざしが大きな無限の広がりに。
「お母さまは 大人で大きいけれど お母さんの おこころはちいさい
 だって、お母さまはいいました、小さい私でいっぱいだって。
 私は子供で ちいさいけれど、ちいさい私の こころは大きい。
 だって、大きいお母さまで、まだいっぱいにならないで、いろんな事をおもうから。」  

「母さま、裏の木のかげに、蝉のおべべがありました
 蝉も暑くて脱いだのよ、脱いで、忘れて行ったのよ。
 晩になったらさむかろに、どこへ届けてやりましょか。」
「ナニカアル」
桐野夏生
新潮社

2011.1.29
林芙美子は陸軍嘱託として、国民向け戦地報告目的での報道班員の一人としてジャワに渡る。久し振りに会いに行った不倫相手の恋人に冷たくされ傷心を携えて船に乗るのだが、男の疵は男で癒すしかないと、船の中で始めて会った男に「私の虚ろを埋めてほしい」と燃え上がる。ボルネオ島で、後を追ってきた恋人と再会できるが、それはアメリカのスパイではないかと疑われた恋人に対する、軍部が巧妙に仕掛けた罠だった。軍の更なる追求を逃れるため二人はお互いを罵って別れ事になる。帰国して身ごもっている事が分かるが、亭主に分からぬように一人で生み、孤児を貰い受けた事とし育てる林芙美子の罪深い女の話。林芙美子がルンペン作家と蔑まれても負けず魂と正義感で闘っていく姿、恐るべき女の執念、女の不可解さが、流れるような文章で綴られていて大変面白い。驚きは、小説なのか実録なのか 史実らしく情景が細々と語られる事だ。実名がバンバン出てくる。好きになりそうな作家だ。

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(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.1