「吉原御免状」
隆慶一郎
新潮社(隆慶一郎全集1)

2011.2.2
天子の御子が、殺害されるところを宮本武蔵に助けられ25歳まで山で育つ。武蔵の遺言で26歳になったら会うように云われた人物、吉原を作った男に会いに行く。吉原そのものの成り立ちとその隠された秘密に起因する裏柳生との壮絶な闘いに巻き込まれていく。闘いに勝ち新吉原の惣名主になる処で物語は終わる。個性ある登場人物一人一人の生き様がほれぼれする程見事に描かれている。柳生十兵衛の魂魄が深紅の蝶と化して虚空の果てに飛び去ったと、立ち合いの場面が美しく且つ壮絶。また、花魁との三回目の登楼での「馴染み」の場面も、艶やかで負けじと美しい。明智光秀の108歳まで生き延びた南光坊天海説、家康影武者説も披露される。61歳の処女作、堆積された学殖が披露された感じ。吉原の文化が無くなったのが残念至極。
「アミターバ」
玄侑宗久
新潮社

2011.2.3
発見後一年後の生存率はゼロパーセントと云う肝内胆管ガンに罹病した女性の目から見た死後の世界までの話。意識の混濁した状況を言っているのか、最初の最初から話が繋がっていかないとんでもない不誠実な作り方。解答のない死と云うテーマに職業柄取り組むのも分かるが、小説作りにもっと誠実に取り組んでほしい。登場人物が謎だらけで終わるのがその一例。新潮社もよくもまあ出版するかと驚き。 
「柔らかな頬」
桐野夏生
講談社

2011.2.6
1999年直木賞受賞作品。高校卒業と同時に北海道の小さな漁村から両親も捨て東京へと脱出する。家族で招待された不倫相手の男の北海道の別荘で下の娘が忽然と消える。不倫の発覚、家族の崩壊。一人で娘を捜すことに人生の全てを捧げる。末期がんの元刑事が捜索に協力してくれる事となる。親を捨てた自分、子供を捜す自分、子供の生死、死に直面した刑事、若い風俗の女のヒモになった元恋人と、それぞれが複雑に絡み、ミステリーと云うより人生のミステリーの様相を呈す作品。幼女失踪の真相は未解決に終わるその意味でも珍しいミステリー。話の進め方の巧みさに加え、表現の見事さで、どんどん引き込まれていく。
「花まんま」
朱川湊人(しゅかわみなと)
文藝春秋

2011.2.8
2005年直木賞受賞作。大阪万博前の大阪を舞台にした、小学生の主人公に起こる不思議な出来事を描いた、表題作を含んだ全6篇の短編集。本の紹介ではホラー小説とあるが、切なさ、哀れさ、暖かさ、ユーモア溢れた洒落た美しい美しい人情話。

「トカビの夜」
長屋式の貸家に住んでいた朝鮮人家庭の子供が死んで、朝鮮のお化け「トカビ」になって出てくる話。衒いのない文章が素直に飛び込んでくる。久々に出会った心和む作品。心の優しさが溢れている秀作。

「妖精生物」
水の入ったガラス壜の中を、ふわふわと漂う妖精生物を、怪しげな物売り男から買った。幸せをもたらすと云われたその宝物の生き物を、芸能人のような格好いい男と駆け落ちしてしまった母を呪って捨ててしまう話。

「摩訶不思議」
急死したおっちゃん。火葬場、門の一歩手前で霊柩車が理由もなく動かなくなる。2号さん、3号さんが駆けつけて目出度し目出度し。

「花まんま」
何度も見る夢で、21歳で死んだ女性の生まれ変わりだと信じる妹に付き添って、その女性の生まれた町を訪ねる。女性が死んだ時から食事をしなくなった女性の父親に「花まんま」弁当を作って励ます心温まる話。グットくる人情話。

「送りん婆」
言霊の力で、いまわの際で苦しむ人を、健やかにあの世に送るおばさん「送りん婆」の話。酸いも甘いも噛み分けた人にしか書けない胸にジンと熱いものが迫ってくる最高の人情話。古典ものと云って良い。送りん婆の外道の話もいい。

「凍蝶」
差別を受け寂しく一人遊ぶ少年が霊園で、謎のお姉さんに出会う話。
「まほろ駅前多田便利軒」
三浦しおん
文藝春秋

2011.2.11
2006年直木賞受賞作。そんなことは自分でやれ、と言いたくなるような依頼を受け始末をつけていく便利屋の物語。高校時代、謎の生物体として皆から遠巻にされていた男が、突然勝手に転がり込んできた。その奇妙な男との組み合わせの妙で便利屋をこなしていく事になる。34歳の女性の作品と思えない、人生の達人と思わせる滑稽さと哀感が漂っている、文句なく面白い、軽妙洒脱な作品。青島幸男の人生塞翁が丙午のような面白い作品だ。
「切羽へ」
井上荒野(いのうえあれの)
新潮社

2011.2.13
2008年直木賞受賞作。静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送っているある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなくその男に惹かれてゆく切ない思いを緻密な筆に描ききった恋愛小説と宣伝にある。良い小説には臭いがあるのだが、この小説には、その臭いがない。味も素っ気もないが正直なところ。
「吉原手引草」
松井今朝子
幻冬舎

2011.2.16
2007年直木賞受賞作。吉原一を誇った傾城傾国の花魁が、忽然と姿を消した。その真相を問われて、茶屋内儀、遣り手婆、女芸者、床廻し、幇間、楼主、女衒等など吉原に生きる者の口から、それぞれの吉原での生き様と共に花魁にまつわる話が語られる。「ぬしはわちきを真に愛しう思うてくんなますのか」と云った花魁ありんす言葉とか、まったくあずかり知らぬ吉原仕来り等を面白おかしく興味を持って読む事ができる。大変な勉強家なのだろう。筋立ては、誠に見事なのだが、小説としては面白くはない。結末もあっさりのしたもの。
「鷺と雪」
北村薫
文藝春秋

2011.2.19
2009年直木賞受賞作。表題の作品を含も3短編集。裕福な家庭に生まれ育った女学生と、お抱え運転手がさまざまな事件の謎を解く連作ミステリーの完結編。「不在の父」は、神隠しのように忽然と消えた子爵を、浅草の暗黒街のルンペンの中に、見つける話。静謐な作品とはこの作品と云えるような上品な作品。「獅子と地下鉄」「鷺と雪」は、特にこれと云った事もなし。
「水滸伝・十四 爪牙の章」
北方謙三
集英社

2011.2.22
宗が国を挙げて攻めてきた。4万の革命軍に対し20万を超える兵を動かし、数の優位で正面からの力押しで攻めてきた。二竜山は後10日で陥ちる。双頭山は攻囲されて孤立のまま。最前線の拠点である流花寨が陥落すると革命軍総本山梁山泊への攻撃が始まる。腐敗し、腐った国との戦いに挑む、義に生きる漢(おとこ)達が正念場を迎えた。それぞれの側から描かれる闘いの姿にぞくぞくする。読書に疲れたら北方謙三に戻ると良い。ともかく面白い。 
「あかね空」
山本一力
文藝春秋

2011.2.24
2001年直木賞受賞作品。十二歳の時から京都南禅寺傍の豆腐屋で丁稚奉公してきた職人気質の男が江戸深川の長屋で豆腐屋を何のつてもなく始める。江戸者の口に合わない京都風豆腐で親子二代にわたって、様々の人の善意のなかで表通りで店を開けるようになるまでの心温まる人情時代劇。文章力と筋立ての巧さでどんどん惹き込まれていく。話がよどみなく展開し、先の展開が気になって思わずページを繰ってしまう。緊張感が途切れない。一部、二部構成で、二部は、実はこうだったと云う回顧部分なのだが、この二部が要るかどうかは意見のあるところ。作者の人柄が滲み出ている爽快な作品。タイトルも良い。 
「妖談しにん橋」
風野真知雄
文春文庫

2011.2.27
深川で武士、無宿人が相次いで水死。二人とも死の直前に、深川海沿いの小さな橋、四人橋を四人で渡った時、自分の影だけが消えたと云い残していたと大変気を惹く出だしなのだが、うわべだけの軽い軽い筋運び。人物が全く描かれていない、生き様も全く感じられない。やっとのことで読み終えた。
 

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2011.2