「ハッピー・リタイアメント」
浅田次郎
幻冬舎

2011.3.2
元ノンキャリアの大蔵役人と自衛隊員が定年退職後、不良債権回収目的の天下り先専用組織に天下る。天下り先秘書との三人で債権回収金を着服し更なるッピーリタイアメントを企てる話。滑稽小説を狙ったものだろうが、衒い過ぎで鼻につく。不快とも感ずる。好きな作家だがこの小説は失敗作。
「更衣(きさらぎ)ノ鷹」上巻・下巻
佐伯泰英
双葉文庫

2011.3.3
上巻
居眠り磐音(いわね)江戸双紙シリーズ31巻。江戸城の傍に拝領屋敷を許され旗本衆や大名家子弟に剣術を教える徳川家道場跡取り、佐々木磐音の物語。十代将軍家治の世子家基を巡って城中が二派に分かれる。家基暗殺計画をもくろむ老中田沼意次派と、それをさせじとする家基擁立派に分かれて繰り返される暗闘に巻き込まれる。勾引(かどわか)された妻を、田沼意次のお部屋さま宅に見つけ出し、救い出すまでの話。正念場の戦いがこれから始まる。人物が大変魅力的に描かれ、登場人物に惚れてしまう。筋立ても巧みでグイグイと惹き込まれる。
2011.3.6
下巻
田沼意次は、幕府の公的な場である表、将軍のプライベートな生活の場である中奥、将軍正室、子女、大奥女中衆が暮らす場である大奥のそれぞれを、表では老中、中奥では側用人として、大奥では閨閥によって押さえて絶大なる権力を握ってくる。正念場の展開も、家基が、享年18歳の若さで身罷ると云う史実に逆らう事はできず、養父である尚武館道場佐々木玲圓及び磐音親子は、意次の陰謀に敗れ去る事となり、尚武館道場閉鎖、養父母の自栽と思いもかけぬ筋運びとなってきた。既刊34巻シリーズの平成のベストセラーの居眠り磐音シリーズ、これからのお楽しみ。
「江(ごう)、姫たちの戦国」
田淵久美子
NHK出版

2011.3.9
上巻
信長、秀吉、家康と移ろう戦国の戦いの中で翻弄される、浅井家の三人の姫、茶々、初、江(ごう)の話。登場人物の生き様、人となりが書かれる訳でもなく、歴史上の出来事が、読むに堪えぬ口調で愚だ愚だと書かれているだけ。何の感動もなければ面白い訳でもない。読むに堪えぬ一例を挙げるなら、父、母の仇でもある秀吉を「色猿じゃ、さかり関白じゃ」と罵る江の場面。この作家は作家としての良心がない。歴史上の人物を愚弄するべきでない。三の姫、江を愚弄している。
2011.3.10
下巻
下巻ともなると、「うわあ。」とか「は?」とかの馬鹿にしたようなメルマガ台詞にも慣れてくる。歴史小説と思うと腹がたつが漫画歴史読本として読むと参考になる。茶々と江の子供、甥、姪の近親婚の子供が、秀吉、家康の孫にもなる3代目家光と知る事にもなる。女の子は閨閥の道具として利用され、女3界に家なしを痛感させられる。
「風が強く吹いている」
三浦しをん
新潮社

2011.3.13
オンボロ荘最後の空き部屋がやっと埋まり10人が揃った事になった。その素人のたった10人の学生が216.4Kmの箱根駅伝を目指して頑張る話。走る、なんて原始的で孤独なスポーツなんだ。タイムや順位などでなく、変わらない理想や目標があるからこそ走り続けるのだ。十人だけで挑んだ戦いに、何らかの形でケリをつけたいからだ、また素人でも地力と情熱があれば二本の脚でどこまでも走っていける事を証明したかったの想いで、来年のシード権が取れる十位以内を目指す。マラソンは見るスポーツと思っていたが、読んでも凄い感動を受ける作品。また、勝負には、速さ巧さではなく、強さが必要なんだを教えてもらう。
「東京島」
桐野夏生
新潮社

2011.3.14
2008年谷崎潤一郎賞受賞作。戦後のアナタハン事件をモデルに創られた作品。クルーザーで夫と世界一周旅行に旅立ったが嵐で無人島に漂着。40代半ばで最年長、「白豚」と揶揄されるような女一人と、その後、漂流してきた23人の若者、11人の中国人たちの無人島でのバトルの物語。女流作家でないと描けないタッチで、女の図太さと男の繊細さが語られる。登場人物の多彩さ、ネーミングの巧さに、正に桐野夏生スタイルの器用さが出ているのだが、展開のテンポが遅く興味が続かない。但し、最後の結末には、驚かされ不快感が払拭された。 
「罪深き海辺」
大沢在昌
毎日新聞社

2011.3.16
港町にアメリカ帰りの若者が突然現れる。男は、6年前奇怪な死に方をした殿様と呼ばれた有力者の唯一の遺産相続人だった。男が現れた事で、暴力団の攻防が激化し、不審死が相次ぎ一気に不穏な空気が立ち込めるなか、老刑事が事件の真相に挑む。話の筋立ては巧みなのだが、説明が多く興味、折角の緊張感が失せてします。終盤からは文句なく面白く結末も良い。ハードボイルドならハードボイルド、サスペンスならサスペンスに徹底したら大変面白くなったのではないか。折角の展開が勿体ない。 
「名短編、ここにあり」
ちくま文庫

2011.3.18
北村薫、宮部みゆき両人選の短編集。決して名短編でなく異色短編集と思う。となりの宇宙人と少女架刑がお勧め。
「となりの宇宙人」
半村良
円盤の事故で不時着した宇宙人とアパートの住人との交流を描く艶笑譚。絶品。滑稽。秀逸。

「冷たい仕事」
黒井千次
いい歳したおじさんが二人が冷蔵庫の霜取り作業に熱中するというだけの話。

「むかしばなし」
小松左京
しわの中に埋まったような眼を細めて語る田舎の老婆の嫁入りにまつわる昔話。達者な話と云う感じ。

「隠し芸の男」
城山三郎
無趣味、無風流でやっとのことで課長になったうだつの上がらないサラリーマンンの隠し芸、へそ踊りに関わる悲哀物語。

「少女架刑」
吉村昭
語り手は、死者である16歳の少女。金のために献体に出され、内臓もそれぞれ摘出され、骨と云う骨は悉く切断される。標本になると云う最後の御勤めを果たしやっとお払い箱に。焼骨され骨と灰になった後、親からは納骨に金がかかると骨壷受取を断られる。行く宛のない骨壷ばかりが並ぶ一室に辿り着くが、古い骨壷の中で骨が崩れていく音の中にポツンと取り置かれるという衝撃的な話。ほのかなエロティシズムを覚えると共に、寂寞とした哀しみ、無常感、やるせない思いに駆られる。よくもマアこう云う話が創れるものと正に驚愕。

「あしたの夕刊」
吉行淳之介
あしたの夕刊が今晩に配達されたらと云う話。「配達された明日の夕刊で、明日の競馬の大穴の記事を知り、翌日その馬券を買う。記事通り大穴で大金を当てる。帰りの電車で、大穴を当てた男が帰りの電車で心臓麻痺で急死と云う記事を見つける」と云う挿入話が傑作。

「穴ー考える人たち」
山口瞳
家庭の生ごみを捨てる為の穴を、庭に掘るのを趣味にしている男の話。

「網」
多岐川恭
元恋人の父親を投網で殺そうとする話。

「少年探偵」
戸板康二
なくなった物の在り処を次々に言い当てていく子供の話。

「誤訳」
松本清張
翻訳者が、自分の翻訳の間違いであったと自分のせいにして発言者を救う話。

「考える人」
井上靖
湯殿山で難行苦行を積み、十穀断ちの木食行の後、入定し木乃伊になった男の話。淀みなく文字が飛び込んでくる。文筆の達人の作。

「鬼」
円地文子
ある女性の結婚の行く手にいつも鬼が邪魔をするという話。
 
「二人静」
盛田隆二
光文社

2011.3.23
30を過ぎても未婚で、認知症が進む父親との二人暮らしの男が、介護老人保健施設で父親の世話をするヘルパーの女性に恋をする。男は、20代の時の恋人が自殺するという暗い過去を持っていたが、愛したヘルパーも、人前では話す事が出来ない情緒障害の娘を育てている事情を抱えていると共に、家庭内暴力が原因で別れた元夫からのストーカー行為にも悩まされていた。血湧き肉躍る展開ではないが、愛する人に対しての驚くほどの思いやりが切々と丁寧に書き込まれ見事な終結となっている。
「水滸伝・十五 折戟の章」(せつげきのしょう)         
北方謙三
集英社

2011.3.24
梁山泊には宋が国を挙げて挑んできた戦いに、まともに対抗していく力はなかった。全体戦としてみると防戦一方で圧倒されている。どこもかしこもぎりぎりで、一つが破れたら、全てが崩れ始める。長引けば兵力や物量で圧倒されるとし、大胆不敵な賭けに出た。負傷兵まで動員して北京大名府を梁山泊軍が占拠すると云う離れ技をやってのける。宋軍の撤収で激戦は終熄した。民草(たみくさ)の眼には梁山泊の勝利に見え、人が梁山泊に集まり続けた。民草の何かを眼醒めさせ心に火をつけた。男は、女に、銀(かね)に、まして出世や名誉等でなく、志に生きる生きざまが何とも言えない魅力。

奥田英朗の「無理」(文藝春秋)。富裕層も知識層も存在しない田舎町ゆめの市に、鬱屈を抱えながら生きる5人の話。安易な筋書きに不快さ、腹立たしさで読み進める気にならずギブアップ。胸糞悪く、口直しで北方謙三に。気分爽快に。北方作品は、一言で言うなら、読者に阿ない、文章に迫力。気持ちの入れ方が違うのか。 
「猛スピードで母は」
長嶋有
文藝春秋

2011.3.25
2001年芥川賞受賞作品。離婚した母と小学生6年の男の子二人の生活を、子供の視点から、なんの飾りもない、さっぱりした文体で綴ってゆく。毅然と生きる母の姿と、あまりにも平易な文と淡々とした展開の妙が素晴らしい。

「サイドカーに犬」
母親が家出した家庭に突如入り込んできた女性との生活を小学4年生の私が懐古する話し。気負いのない爽やかな文章が良い。乗り込んできた女性が良い。すこぶる芸達者な作家との印象。

読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.3

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