「用心棒日月抄」
藤沢周平
新潮文庫

2011.4.2
北国のある小藩で、藩主毒殺の陰謀を耳にした事から許婚の父を斬って脱藩し江戸に逃れ生活の為、用心棒稼業をする武士の話。赤穂浪士の話も巧みに盛り込まれている。犬、夜鷹の女等様々な用心棒一話完結スタイルなのだが話が余りにも都合良く運ぶ過ぎる。「どきどき、はらはら」がない、まして「わくわく」も無い。小説職人と云われるだけに、面白い事には間違いないのだが。 
「夜の果てまで」
盛田隆二
角川文庫

2011.4.6
妻の失踪宣告申立書が夫より、提出された事で始まる。且つ、その失踪は、あの男からの電話の後、買い物に出たまま、二度と戻らなかった事を夫が承知した上での申し立てだった。北大二年生の学生が偶然暖簾をくぐったラーメン屋で、バイト先のコンビニで、深夜チョコレートを万引きする女に遭遇した。その女は彼よりも一回りも年上の人妻だった。その二人の行き場のない愛の物語。場面、場面が見事に移り変わるかの如き表現が素晴らしく、のめり込んで読んでしまう。展開が存分に楽しめる見事な作品。大変達者な書き手。性の露骨な場面も嫌味がない。
「死闘」
佐伯泰英
新潮文庫

2011.4.8
古着屋総兵衛影始末第1巻。鳶沢一族は、江戸の夜に暗躍していた夜盗無頼の徒を一掃した功で日本橋に古着屋を開く権利を家康より与えられた。また、家康が亡くなる時、隠れ旗本として徳川の世を守護する事が宿命づけられた。徳川五代将軍綱吉の側用人、柳沢吉保は、古着屋としての大黒屋に集まる金と情報に目をつけ鳶沢一族に攻撃を仕掛けてきた。神君家康との密約を守るため、影旗本としての矜持を賭けた六代目頭領大黒屋総兵衛勝頼と柳沢吉保との死闘の話。問答無用に面白い。意気に感ずる生き様に思わずグットくる。
 
「停止」(ちょうじ)
佐伯泰英
徳間文庫

2011.4.10
古着屋総兵衛影始末第4巻。柳沢吉保一派による大黒屋潰しの攻勢は止む事がなく、大黒屋は商停止のうえ総兵衛は北町奉行所仮牢に押し込められてしまう。不当な商停止を書き立てる瓦版と狂言師を動かした落首で戦いは有利に展開し始める。総兵衛も、そなたの命は他人には渡さねと総兵衛を狙う女武芸者に救われる。ともかく読み始めたら止められない面白さ。エンターテイメント小説の神髄と云った感じ。
「凶刃」
藤沢周平
新潮文庫

2011.4.12
用心棒日月抄シリーズ第四作、シリーズ完結編。藩の陰の組織、嗅足組の解散を伝える密命を帯びて16年振りに江戸に戻る。しかし、その裏にある藩の秘密を巡る暗闘に巻き込まれ幕府隠密、藩内の黒幕、嗅足組の三つ巴の闘いをくぐり抜けながら、藩の秘密に迫っていく話。面白くなし。話の展開が緩慢で読むのに苦労。

「老猿」
藤田宜永
講談社

2011.4.16
定年退職前にリストラされ、浮気が原因で妻子とも別れ、父親が隠れ家として使っていた軽井沢の辺鄙な丘の上の陋屋で、閑居同然の暮らしを始めた。家の向かいの奥には、71才の偏屈な老猿と名付けた老人が住んでいる。そして、向かいの豪華な別荘の持ち主の愛人であった謎めいた中国人女性が、ひょんなことで家に転がり込んでくる。彼らと親交を深めていくうちに、中国女の秘密、そして老猿の謎が解き明かされていく。語りが良く、それだけでも読む値打ちがあるというものなのだが、一気に読ませられる程の面白さ。 
「ガール」
奥田英朗
講談社

2011.4.18
表題作を含む30代OLキャリアガール達の葛藤、焦り、いらだちが描かれた5短編集。「そうよ、きっとみんな焦ってるし、人生の半分はブルーだよ。既婚でも、独身でも、子どもがいてもいなくても。女は生きにくいと思った。どんな道を選んでも、ちがう道があったのではと思えてくる」と云うなかで、しなやかに立ち向かっていく姿が語られている。
「ヒロくん」
総合職女性で30代半ばで抜擢人事の課長の肩書。三期先輩の男性社員を部下に持ち、あれこれ悩み、へこみながらも立ち向かっていく話。タイトルのヒロ君は年収で3百万も低い音響機器メーカーに勤める平社員の心優しい亭主の名前だが、このヒロ君の存在がなかなか良い。

「ガール」
人もうらやむ一流企業の広告代理店に勤める32歳の女性。若い女って事で、これまでいっぱい楽しい事があったけど、それも終わりなのかな、もうガールでいる事を、そろそろ止めなければと、いつか本当のおばさんになる事を畏れる日々が続いていたのだが、自分の人生を「それでいいんじゃない」と云ってもらえる結末を迎える話し。

「ワーキング・マザー」
32歳で離婚しシングルマザーとなった今年36歳のOL。会社でも仲間に、家でも小1になる息子に助けられて毎日を送っているワーキング・マザーの話。

読み物としては、特に女性読者にとっては、うなづける場面がきっと多く面白い話なのだろうが、私には、作者の想いも分からず、何か軽い感じで読むのに抵抗がある。
 
「人が人を裁くということ」
小坂井敏晶
岩波新書

2011.4.20
正義を判断する権利は誰にあるのか。誰に正しい判決が出来るのかでなく、誰の判断を正しいと決めるのか。正義の内容を定めるのは主権者であり、主権者が宣言する法が正義を定義する、等など「神ならぬ人間が人間を裁くと云う事」を根源的に考える為の問題提起がなされている。司法への市民参加が、日本では義務として認識され、欧米では逆に権利として理解されている。裁判員裁判の実例から、諸外国の実情、そして心理学のあれこれや脳医学、哲学まで話が及び大変考えるヒントを、いや謎を与えてくれる。生老病死がそうであるように、大切な問いほど答えはない。正しい答えが存在しないから、正しい世界の姿が絶対に判らないからこそ人間社会のあり方を問い続けるべきと云う。また、どんな秩序であっても、反対する人間が常に社会に存在しなければならない。正しい世界とは全体主義に他ならないからだ。人間がどんなに努力しても悪はなくならない。悪は正常な社会構造・機能によって必然的に生みだされると云う。なお、筆者は、パリ第8大学の先生。本棚に置いておきたい書。 
「悪人」
吉田修一
朝日新聞社

2011.4.25

2007年大佛次郎賞、毎日出版文化賞受賞作品。出会い系サイトで男を捜す、また会いたいなら金払えってとも云う見栄っ張りの保険勧誘員の女性の言掛りに激情し殺してしまう。携帯出会い系サイトに絡む、何か通俗っぽい話の展開、日頃テレビや雑誌で見聞きする、虫酸の走るような話、次から次へと登場人物が変わる、また話が突然、昔の事件に戻ると云った忙しい展開で気分が殺がれ、どうもこの作者らしからぬと苛立ちながら読み進んだ。「逃げて、一緒に逃げて、私だけ置いてかんで。あと何日くらい一緒におられるやろか。自分たちにはその先に行き場がない」と最後になってやっと逃避行が始まる。この作者はどう決着をつけるのか、難しい決着になるだろうと危惧しながら最後の10ページ。驚愕の結末。読み終わった後、こうあったに違いない、いや、きっとこうなんだと、読者にとんでもない余韻を持たせて終わる。このような深みのある終わり方は始めてと云う意味で好きな100冊入り。この作者の作品は、これで二冊目だが読んだ二冊とも100冊入り。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.4