読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.5

「日本語の古典」
山口仲美
岩波新書

2011.5.1
奈良時代の古事記に始まり、江戸時代の春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)に至る30冊もの古典につき、それぞれの魅力を原文を引用しながら言葉や表現や文章の特色にこだわって解説された古典解説書。作者名とタイトルぐらいしか馴染みのない古典ながら、著者が日本語学者である事から、言葉遣い、比喩、擬音語、擬態語の解説で(その意味で、わざわざ、書名に「日本語の」とある)、そうなのかと云う新鮮な驚きを、また日本の古き良き価値観、習慣を再任認識すると共に、日本語の美しさを知らされる事となる大変な労作。
「空中ブランコ」
奥田英朗
文藝春秋

2011.5.6
2004年直木賞受賞作品。表題作を含む、5短編集。患者と見ればビタミン注射を打ちまくる注射フェチと云う妙な性癖を持つ伊良部総合病院精神科医師を主人公とするシリーズもの。

「空中ブランコ」
飛べなくなった空中ブランコ乗りの話。サーカス興行ビジネスも団長は社長に、見習い団員はインターンにと近代的企業に変革する中、両親の後を継いでサーカスの一員になった昔堅気の主任が一人浮いた存在になり、現場から追い出されるのではと疑心暗鬼となる話。

「ハリネズミ」
尖ったものなら、爪楊枝の類でも、怖いと云う尖端恐怖症のヤクザの若頭の話。

「義父のヅラ」
義父のヅラを外したくなる衝動に駆られる伊良部医師同窓生の医者の話。

「ホットコーナー」
プロ野球入り10年目のベテラン三塁手が一塁に送球するのが怖くなった話。ホットコーナーとは、野球で三塁の事。強く速い打球が飛んでくるところから。

「女流作家」
書こうとしているものが過去の作品と重なっていないかと心配となり、心因性の嘔吐症に悩む女流作家の話。

大変、人気ある流行作家にもかかわらず、どうもピンとくるものがなっかたので、この本ならと読んでみたのだが、飾らない文体でよくもこれだけ笑わせてくれる作品を書けるものだと感心。「義父のヅラ」は、とんでもなくドタバタで、とんでもなく可笑しい。ドタバタと云えば、ドリフの8時だよ全員集合を思いだすが、比べようもなく、この話の方が凄い。ユーモア小説のお手本に違いない。その意味で100冊入り。「ホットコーナー」は爽快な心和む話。生き方のヒントをも示してもいる。同業者は、この作者の発想力には、恐怖を感じるのではと思う。
「放浪記」
林芙美子
小学館(昭和文学全集8)

2011.5.17
私は宿命的に放浪者である。義父と母に連れられて九州一円を転々と何所へ行っても木賃宿ばかりの行商をして廻る生活。小学校もやめ、一つ一銭のアンパンを売り歩くようになる。一人東京に出てからは、女中、派出婦、一日六十銭日雇い女工と魚の腸(はらわた)のように疲れきった生活。いつまでもこんな馬鹿な生き方をしなければならないのだろうと自問する。私を売ろうと野良犬のように彷徨もする。続放浪記、放浪記三部は読もうとの気にはならない。選ばれた言葉、綴り方はプロだが、心が揺さぶられる事はない。
「水滸伝・十六 馳驟(ちしゅう)の章」
北方謙三
集英社

2011.5.20
梁山泊は民の心を掴み、軍勢は五万にも達する勢い。宋の元帥、童貫は宋と云う国を守るためでなく、帝を守るためでなく自分の生涯に深く刻すべき戦い、自分らしい戦いをする事を、それこそが、自分が生きている意味と、念じていた。やっと、梁山泊を相手とするに足ると遂に立ち上がる。一方、梁山泊の兵站の総責任者と、民政担当が毒殺される。その毒殺者も梁山泊飛竜軍総隊長に刺殺される。宋開封府闇軍総大将も梁山泊致死軍総隊長により暗殺される。それぞれが自分の人生を行ききったのかと自問しながら死んでいく。北方作品は本当に胸を打つ。朝方6時に読了。

「闇の争覇」
今野敏
徳間文庫

2011.5.24
香港マフィアの大男が、臓器ブローカー出先機関設営のため歌舞伎町に乗りこんで来る。嘗てその大男に武道大会で赤子のように負けて引退した武道家、臓器ブローカーの仕事を断わった結果、大男に命を狙われる事となった外科医が事件に巻き込まれていく格闘ハードアクション小説。空手三段、棒術四段の武道家でもある筆者だからこそ格闘場面に迫力がある。個性的な登場人物が多く大変面白い。題名からして軽い週刊誌小説かとも思ったが、武道家の心の内、武道への心構えをも語ってくれる。ただ、筋書きの展開が読めてしまうのが残念。 

「歴史と小説」
司馬遼太郎
集英社文庫

2011.5.30
乱世に現れる得体の知れぬ才子、土方歳三、坂本竜馬、高杉晋作、西郷隆盛、他幾多の英傑への司馬遼太郎の想いが、語られる。英傑のなかには、治世に生まれていれば単なる放蕩児もいる。人間、どう振る舞い、どう行動する事が最も美しいかが肝要な事だと云う事は、何時の時代のどの社会も変わらない。今の日本は、戦前の家が持っていた重厚な伝統と美意識等はなく、田舎から東京、大阪に出てきて月給4万円も取るようになり、そのあたりの女の子と結婚し団地に住み、子を産む。それでもう、家である。いかにも手軽で薄っぺらでいかにもインスタントである。そのインスタント家庭の集まりが今日の日本の社会であり日本国そのものである。いち市井の人の真摯な生き方を知るにつけ自分の軽さをしらしめられる本でもある。

 
「四十九日のレシピ」
伊吹有喜
ポプラ社

2011.5.31
後妻が心臓発作で突然亡くなる。気力をなくした夫のもとに、十九歳の金髪ガングロの娘が訪ねてくる。後妻が生前、死後、夫が困らぬ様、四十九日までのあいだ自分の教え子に家事などを頼んだものだった。嫁に行った娘が、夫の浮気相手が妊娠したと、父の元に戻ってきた。後妻が残していた料理、掃除、洗濯、などの四十九日の生活レシピが、夫、娘を立ち直さしてくれる。たった二ページのプロローグ。これだけでも読む値打ちがある。巧い。どんと引き込まれる。今後とも永く読み継がれていくであろう家庭愛の美しい物語。ただ、最後の無くても良いエピローグで全部が作りものになってしまったのは残念。 

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