読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2011.6

「いつもひとりで」
阿川佐和子
文藝春秋

2011.6.2
今後も「ひとり」の覚悟なのか、エステ、ジャズ、旅行、食事 偏屈親父の事も含め正面から物事を捉えた日々雑感のエッセイ集。爽やかな媚びのない切れの良い随筆。ただ、短編集、随筆はどうも苦手だ。

 
「横道世之介」
吉田修一

2011.6.8
長崎から上京して大学生になった、その名前が井原西鶴「好色一代男」の主人公と同じ名前の横道世之介と云う若者の何と云う事も無い一年間を月を追って綴った物語。世之介の友人が「世之介と出会った人生と、出会わなかった人生で何か変わるだろうか、たぶん何も変わりはない。ただ、青春時代に世之介と出会わなかった人が、この世には大勢いるのかと思うと、出会った自分が何故かとても得をしたような気持ちになってくる」と云う。そんな男の雰囲気をものの見事に描き切っている。荷風のような名文でもないし、川端康成のような美文でもない。しかし爽やかさ、清々しさを感じさせる不思議な感じを受ける。作者の力量だ。また、話が突然20年後に飛んだりする(実は20前を回想して世之介を懐かしく思いだして描かれている)作り方も巧い。そして最後には、爽やかだった世之介は、線路に転落した女性を助けようとし、世之介40歳の時に、死んでしまう。死も何気ない当たり前の日常の出来事の一つである事を伝えてくれる。この作家の読んだ三冊全てが100冊入り
 
「君たちはどう生きるか」
吉野源三郎
岩波書店

2011.6.13
中学生の少年に語りかけるように書かれた人生読本。満州事変が起き軍国主義が色濃くなった時、ヒューマニズムの精神を守らなくてはと、山本有三編纂「日本少国民文庫」全十六巻の内、最後の配本で、少年少女のための倫理の本。その後二度にわたって手が入れられている。偉大なる哲学者吉野源三郎半年にわたる著書。ナポレオンを喩えに、人間はある時は、どんな怖い事も苦しい事も勇ましく乗り越えてゆけるものと云う。自分から苦しい事、辛い事に飛び込んで行って、それを突き抜けてゆく事に喜びを感じる生き方、こう云う精神に貫かれて死んでいく方が、のらくらと生きているより立派な事と言い切る。指キリまでした約束を守れなかった、友達を裏切ってしまった悔恨、苦しさに耐える思いの中から新たな自信を汲み出していく生き方、母親の対応、友達との和解の個所には涙する。
 
「アルバイト探偵」
大沢在昌
講談社文庫

2011.6.19
高校生の息子を主人公にしたハードボイルド読み切り5短編。
「アルバイト・アイは高くつく」
突然、必然もないまま車のトランクから親父が飛び出し息子の危機を救う。子供騙しのハーボイルド。他は読む気にならず。
 
「空白の五マイル」
角幡唯介
集英社

2011.6.22
チベット高原を横断しインドへ流れ込む、長さ2、900キロに及ぶツアンポ河の人跡未到の渓谷に独りで挑む話。過去の探検家が残した空白の五マイルを含む、ツアンポ渓谷の無人地帯の全てを独りで踏査するという、ほとんど誇大妄想に近いようなのだが、読んでその感激は何故か伝わってこない。冒険は生きる事の意味をささやきかけると筆者は云う、そしてツアンポー渓谷の旅を終えた事で、生きていくうえで最も大切な瞬間を永遠に失ったと云う。新たな事に挑み続ける事を何故しないのかと思う。
 
「老人のための残酷童話」
倉橋由美子
講談社

2011.6.22
情け容赦なく描かれる人間の底なしの欲望と罪深さ。一流の文体で紡がれる惨烈な10篇の童話(講談社キャッチコピー)

「ある老人の図書館」
開館から閉館まで、ある老人、男女の別が不明、年齢もわからぬ皺だけが深く刻まれた老人が毎日、図書館で本を読み漁る。遂には図書館に棲みついてしまい本の活字のみを食ってしまう。本は、活字の消えた真っ白なページだけとなり、その図書館は廃墟となる話。

「姥捨山異聞」
息子夫婦と暮らすお婆さん。年をとるとともに獣臭まで漂わす醜さが加わり棟の上の鬼瓦に似てきた。食欲だけは異常に旺盛で鶏小屋で鶏の首までも齧る鬼のようになったきた。遂には人までをと嫁が心配し、まだその年になっていないのに、夫に背おわせて姥捨山に。婆さんを捨てて帰ってきた夫の、あの姑の鬼の焦げ臭い異臭で嫁は、すべてを悟った。帰ってきたのは夫でなく、夫を喰い殺し化けて帰って来た婆さんだと。遂には、嫁が夫に化けた婆さんを斧で惨殺し、山に上って生き残っている年寄りを食べる鬼になった話。身の毛がよだつ不気味さ。

「子を欲しがる老女」
処女にして聖女の御婆さん、八十に近づき子供をつくらないで死んでいく事が取り返しのつかない過失と思うようなり、神と名乗る男の子供を生み、死んでいく話。

この作品はロングセラー作品との事だが、どうも納得できず暫らく積読であったが読み続ける気が起こらずギブアップ。


 
「銀の匙」
中勘助
岩波書店

2011.6.26
幼年期から十七才の青年期に至るまでの思い出の記。五つぐらいまで殆ど土の上へ降りたことがないくらい伯母の背中にかじりついて育った、その伯母の話を交えて、懐かしい日本の原風景が燈籠に映し出されるとごとく、純な子供の世界が独特の語りで美しく美しく紡がれていく。摩訶不思議な世界に引きずり込まれる感じ。こういう美しい物語を読むと、チャラチャラした週刊誌作家の本を読む時間が勿体ないと痛感。タイトルの銀の匙は、子供の力ではなかなか開けられなかった茶箪笥の鼈甲の引手のついた小抽匣から見つけた宝物。脾弱く生まれ、小さな口へ薬をすくいいれるのに使われた銀の匙。読み継がれていく名作。
 
「神様のカルテ」
夏川草介
小学館

2011.6.29
2009年小学館文庫小説賞受賞作、2010年本屋大賞2位作品。漱石の「草枕」を座右の書としている長野の病院で地域医療に従事する30歳の現役医師の地域医療、末期医療(孤独な病室で機会まみれで呼吸を続ける事は悲惨。家族、医療者たちの勝手なエゴと云う)などを扱ったデビュー作。最初から漱石張りの諧謔が連ねられるが面白くも可笑しくもなく軽薄な話が続きうんざりする。しかし後半になって、幽霊アパート住人たちとの交流、末期癌患者を訪ねる老紳士のエピソード等が心に響き、涙を禁じえない感動を覚える。ただ、お涙頂戴だけの話で重みのない正に週刊誌小説の類。タイトル、ペンネームにも違和感がある。この作家は現代作家の小説は読まないと云っているが、正にその類いの代表である事を認識しているのかと云いたい。ただ、個人的には、三十年来の高血圧が低血圧気味になったのは、心房細動による頻脈が原因である事を教えられ感謝。

Home  Page へ







読書ノート   トップへ