読書ノート

「黙契」
佐伯泰英
講談社文庫

2011.7.1
交代寄合伊那衆異聞シリーズ第8弾。長崎海軍伝習所剣術教授方として長崎に赴任するが、異教徒との交流理由で謹慎となった機会に清国に渡る。幕末の時代背景の説明が多く、読み続ける興味がなくなり途中でギブアップ。シリーズ物は、やはり最初から読んでいないと途中からではついていけない。登場人物の人物像が分からないまま読んでいくのは面白くない。シリーズ1から読む事としたい。 
「決闘の辻」
藤沢周平
講談社文庫

2011.7.4
五人の剣豪の短編集。
「二天の窟(あなぐら)」
熊本城主に招かれ岩殿山の窟で、ついに無辺際の真理に至り得たと自負する兵法を書き残そうとする頃の武蔵の話。一手指南を願う粗衣蓬髪の若者にうるさく付きまとわれ、止むなく立ち合うが、負けると知り立ち合い途中で止める。その後、待ち伏せして若者を倒す。兵法者も、業の深い者ではあるとあるが、武蔵までの男にこう云う話をと思う。 

「死闘」
一刀流を創始した一刀斎影久は、自分を凌駕するまでの腕前の剣士となった弟子にわが命を狙われるのでの恐れを抱くようになり、その弟弟子、神子上典膳(みこがみてんぜん)に、「兄弟子を殺したら、わか流派を名乗る事を許し、印の瓶割刀を授ける」と唆す。その結果の死闘の話。その後、典膳は徳川の旗本に加えられ、槍持ちを従えて城に通う身分となる。研ぎ澄まされたような語りで死闘が語られ胸のすく剣豪物。


「変化(へんげ)」
佐伯泰英
講談社文庫

2011.7.6
交代寄合伊那衆異聞シリーズ第1弾。高家と云う家柄と剣の達人との事で交代寄合直参旗本座光寺家当主として迎えた十二代当主が、安政大地震の際、吉原妓楼と共に八百両をくすね姿を消す。伊那から二昼夜走り詰めで江戸屋敷に駆けつけた信濃一傅流遣い手、本宮藤之助は、消えた当主と、持ちだされた座光寺家伝来の家宝短刀包丁正宗の行方を捜すよう命じられ、遂にはあろう筈もない主殺しまで決意する事となる。問答無用に痛快。主人公の魅力が遺憾なく描きだされ読む者の、知己と一人となり、いつの間にか主人公の応援団の一人となってしまう。悪事を懲らしめるだけの話でなく、悪事には悪事なりの謎解きも用意され納得の、また面白さの為に種々の配慮がなされた痛快物。
 
「人間みな病気」
筒井康隆・選
ランダムハウス講談社

2011.7.11
筒井康隆が選んだ13篇の奇作集。

「田中静子14歳の初恋」
内田春菊
父が妊娠した私を中絶させると云う名目で、私を凌辱すると云う実に恐ろしい話。人間みな病気と云うタイトルに正に相応しい。大変な人生を過ごされたようだが、淡々とした綴り方に目を見張る。気負いのない綴り方が一層凄みをます。母親の思いを想うと心が痛む。

「恐怖」谷崎潤一郎(乗物恐怖症の話)。「屋上」大槻ケンジ(飛び降り自殺した女が喫茶店でコーヒーを注文する話)。「盲腸」横光利一(死と云う幸せを求めて円タクで駆けずり回る話)。「役たたず」遠藤周作(あって役に立たないもの、それは盲腸と小説家と云う自虐作)。「掻痒記」内田百閨i頭が無闇に痒いと云う話)。「したいことはできなくて」色川武大(気質的には文学青年だった男が、最後まで一行も書けなかった話)。「精神病覚え書」坂口安吾(東大病院入院記録)、等など。
「危険なマッチ箱」
石田衣良編
文春文庫

2011.7.14
石田衣良が選んだ心に残る物語14編。

「ふうふう、ふうふう」
色川武大
男には、これでいいって生き方はねえンだ。ひとつの宿題をとおして生きられると羨ましがられた神楽坂夜店のお婆さんが、ポツリと「馬鹿な一生を送っちまったよ、あたしゃ」。心に残る短編。

「紫苑物語」石川淳(さる遠い国の守に任じられた男が、狩で射損なった子狐の奸智に溺れる話。雨月物語矮小版の感じ)。「神戸」第九話、西東三鬼(妻と一人の子のある男が、子供を産ましてくれと頼まれる男の話)。「おーい でてこい/月の光」星新一(都会からあまりはなれていないある村で、台風一過、大穴が見つかる。あらゆる汚物の処理場となる話)、等など。
「雷鳴」
佐伯泰英
講談社文庫

2011.7.16
交代寄合伊那衆異聞シリーズ第2弾。主殺しを果たし、新たな座光寺家当主となった本宮藤之助。妓楼の隠し金をくすねて逃亡した前当主の相方遊女を追って新開地横浜村洲干村から箱根を越えて豆州戸田浜まで足を伸ばす。唐人の振るう青龍刀と銃弾に立ち向かう剣戟の迫力。読み始めたら止められない。韮山の反射炉、ロシア使節プチャーチン提督の為の日本初の洋式帆船「ヘダ号」建造の話など幕末動乱の時代背景が緊迫感を増す。
「苦役列車」
西村賢太
新潮社

2011.7.24
2010年芥川賞受賞作。友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫多の話(新潮社)。潤いのない言葉が木で鼻をこくったように投げつけられ、読んでいても気分は良くない。芥川賞選考委員一人の言葉を借りれば「卑しさと浅ましさがひたすら連続するだけ」とある。全く同感。中卒、フリーターで前科者、友達ゼロという破滅型私小説の書き手と云う事で大変期待をしていただけに残念。「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」(川端康成賞受賞ならずの話)も同時収録。
「母ーオモニー」
姜尚中
集英社

2011.7.29
東京近郊の軍需工場に出稼ぎに来ていた韓国人の妻となるべく16歳の時、独りで日本に渡ってきた母の話。朝鮮人と蔑まれながら屑屋をして子供を大学にまでだしたオモニの苦労話。どんなご苦労であろうと、所詮お母さんのご苦労は筆者の記憶の中で生きるのであって小説の題材にはならない。矢張り私小説は自己満足の世界だと思う。筆者は、大学時代に決死の思いで日本名、永野鉄男を捨て、姜尚中を名乗ったのだか、真似のできない凄い事だ。

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2011.7

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)