「町奉行日記」
山本周五郎
新潮社

2012.3.2
昭和15年から35年までの20年の間、月刊雑誌に掲載された10の短編。国のため主家のため己を空しくして筋をとおす話やら、友、夫、妻の為些かも心残りなく死んでいったり、自己の果たすべき責任を負った真卒な悲痛な、けれど力づよい生き方、生きざまが語られる。あまりの綺麗事では、あまりの絵空事でないかと抵抗を感ずるのだが、見事な語り口に思わず目頭が熱くなってしまう。人間、美しい生き様、生き方には心惹かれるものだ。山本周五郎の語り口も美しく、細かい所まで目配りがなされている点で読んで楽しい。

「土佐の国柱」土佐の太守山内一豊亡きあと、山内家安泰の為、旧主長曾我部氏を慕う反山内一族共々反乱を企て自らも命を捨て一族を一網打尽にする一豊寵臣高閑斧兵衛の侍の筋をとおす話。
「晩秋」岡崎藩御用人の進藤主計の重税政策に反抗して切腹を命じられた父親の仇、進藤主計の身の回りの世話をする事となった都留。母遺愛の懐剣を胸に好機あらばとの進藤主計の身辺を窺う。しかし、都留が知ったは、進藤主計が世間の怨差と誹謗に屈せず、名利を棄てて藩のため奉公に生きた本当の真実だった。たったこれだけの短編で人物を物の見事に際立たせ琴線にどすんと響く筋立てを作れるものだ。目頭が熱くなる作品。
「金十両」絞られるだけ絞り取られ、騙され続けて世の中に本当のものなんぞ有りあしねえ、騙りや詐欺が勝つんだ。それができない人間は阿呆のように酔うか、死んでしまうより他に手はねえと人間不信にとらえられた孤児の宗吉。そんな宗吉を自棄の淵から救う女中がしらお滝。これまた琴線に響く。 
「落ち梅木」今は堕落している親友に、立ち直りを願って相思相愛の娘を譲る。そして巡り合わせから自分が裁かれる立場になった時、裁けるものはその親友しかないと主君に推輓する人間のまことの信頼と友情を扱った厳しい美しい物語。またまた目頭が熱くなる。
「寒橋」下女を身ごもらせてしまったった娘婿の過ちを、わが身に負ってあの世に逝った娘夫婦の父親の話。娘の人妻としての艶く身体の変わりようの描写の巧みさに作者の真骨頂が覗く。
「わたしです物語」藩中での失敗事をみんな私のせいにしてしまう洒落っ気たっぷりのこっけい小説。 
「修業綺譚」家中で屈指の武芸の達人で何かにつけ乱暴の限りをつくす小弥太が、修行により人間には、みんなかなわない事があるものだと初めて忍耐する事を覚え人間の優しさを取り戻す話。こっけい物。
「法師川八景」許婚者が居ながら他の男と契って子を宿す。その男が馬に蹴られて急死してしまう。両親からも男の両親からも見放されるが、一人で子を産み育てる毅然とした姿が男の両親の信頼を得る話。真卒な生き方に思わず目頭が熱くなる作品。
「町奉行日記」悪評の高い行状も放埓を極め着ながしなんとやらと云う仇名もあると云う新任町奉行が、一度も奉行所に出仕する事なく壕外と呼ばれる悪の巣窟の汚濁を取り除く話。大変洒落た作品。
「霜柱」温厚な老職が勘当するも改心する事なく戻ってきた不良息子を斬る話。短編では、その必然が描ききれないのでは。  
「覇剣」
鳥羽亮
祥伝社

2012.3.4
播州牢人宮本武蔵の廻国の武者修行の物語。いわゆるストリーがある訳でない。、武蔵がただただ扶桑一と噂されている剣豪らを打ち破っていくだけで、剣客同士の一対一の対決の話で展開していく。初っ端、佐々木小次郎燕返しとの対決。上段からの初太刀、そして迅く鋭い逆袈裟に斬り上げる二の太刀で飛燕を斬り落とす小次郎虎切刀を破るには、「青眼から刀身を振り上げ、斬り下ろす二拍子の太刀では斬れない。上段からの一拍子の太刀でなくては斬れぬ。」と、武蔵は川岸での燕ためし斬りで悟り小次郎を破る事となる。何だこれは、剣さばき、太刀筋等剣術の解説書なのかと。おっとどっこい。その対決が精緻を極め実際の映像を見てるかの如く迫真の書かれ方で、その対決の面白さ凄さに引き込まれてしまう。チャンハラだけで話が展開していく、まさにチャンバラ小説の神髄。最後は、柳生石舟斎嫡孫で新陰流の正統を継いだ柳生兵庫助との対決になるのだが、物語が終わってしまうのが惜しいと、暫らく本を閉じページを繰るのを止めてしまった程だ。こう云う小説があるのかと驚く。
「三国志 十の巻帝座の星」
北方謙三
角川春樹事務所 

2012.3.8
義兄弟の関羽は生きて闘い、やり遂げて死んだ。お前は何も恥じないかと張飛は自らを責め孫権を討たない限り死んでいるのだと孫権を討つ事だけを考える。一方、三国時代を駆け抜けた戦の英傑、曹操孟徳が病死。後を継いだ曹丕が、皇帝劉協より帝位を収奪し魏の帝になる。劉備も新王朝建国でなくあくまでも漢王朝の継承で国も蜀漢と名乗り蜀の帝に。呉の致死軍により剣術にも秀でた張飛愛妻、女傑薫香と息子張苞が惨殺されてしまう。そして心優しい蜀軍随一の豪傑、張飛翼徳までも周瑜の愛人路幽に毒殺される。関羽、薫香、張飛への弔い戦に出撃となってきた。 
220(曹操、病死。曹丕、魏の帝位に) 221(劉備、蜀建国、帝位につく。張飛、暗殺される)
劉備、関羽、張飛三義兄弟のうち二人までが死んだ。やるせなさがつのる。

以下、四冊は途中でギブアップ。
荒川徹「柳生黙示録」(カタカナの登場人物が多いせいでもなかろうが、何故だが読み続ける気が起こらない)
丸山健二「ブナの実はそれでも虹を夢見る」(訳の解らぬ難解な言葉の嫌味さで断念。芥川受賞作品でも読んでみよう)
英語の歴史(P・グッデン)(興味が続かず)
中条省平「恋愛書簡術」(古今東西の文豪に学ぶテクニック講座)(何を学べと云うのか最悪、最低。)
「三国志 十一の巻鬼宿の星」
北方謙三
角川春樹事務所

2012.3.9
三人で一人と思い定めて生きてきた劉備は、関羽と張飛の二人がいないだけで命はすでに朽ちてしまったが、男としてなすべき事と関羽と張飛の弔い戦で呉に侵攻。しかし、夷陵で呉の陸遜に大敗。蜀軍七万の内、生還した者は二万に満たない国が滅びる程の敗北。男としてのありようを大事に、男がやらなくてはならない事をただやっただけと。気力が萎えた劉備は、爰京の鍼で気力を取り戻し、孔明への最後の指示のため出頭命令。
222(劉備、夷陵で陸遜に大敗) 223(曹丕、濡須口で呉軍に敗退。劉備死去、劉禅が二世皇帝に)
孔明の劉備のもとに駈け駆けつける場面では体が震え、劉備の最後の場面では思わず涙に咽ぶ。忘れる事のできない、心に刻み込まれる場面だ。
「沖田総司 壬生狼」
鳥羽亮
徳間書店

2012.3.13
新選組一番隊組長、剣術師範頭の沖田総司の天然理心流と云う剣に生きぬき、労咳にて二十七歳で亡くなるまで話。この作者の持ち味なのか、登場人物の心の内が語られないのでどうも迫ってくるものがない。切腹も許されずに斬首された新選組総長近藤勇、五稜郭にて戦死した副長土方歳三、両人とも享年三十五歳と云う短い人生。新選組局中法度書、武士道に背くまじき事、相背き候者切腹申しつくべき候と気負いたった人生。もっと迫ってくるものがあってもよいのではと。
「三国志 十二の巻霹靂の星」
北方謙三
角川春樹事務所

2012.3.14
劉備玄徳の夢を実現する為に闘う孔明は、疲弊した国力を一年で回復させ南中を平定し乾坤一擲の北伐に出陣するも先鋒の大将に抜擢された馬謖の命令違反で長安奇襲作戦が失敗に終わる。三番目の義弟趙雲、死去。
224(呉蜀が和睦) 226(曹丕病死し、曹叡が第二代皇帝に) 229(孫権、呉の皇帝に即位)
「夏の流れ」
丸山健二
文藝春秋

2013.3.17
弱冠23歳で芥川賞を受賞した孤高の作家と云われる丸山健二の芥川賞受賞標題作を含む初期の3短編。正に飾り気のない綴りで、居た堪れぬ苦しさを抱えた男をめぐる物語。本棚に置きたい本。
「夏の流れ」
1966年芥川賞受賞作品。平凡な家庭を持つ刑務官の平穏な日常、死刑執行日に到るまでの担当刑務官、そして死刑囚の心の動きを硬質な文体で綴る作品(出版社紹介)。その瞬間、「天井と地を結ぶ張り詰めた麻縄の直線は、ゆっくりと大時計の振り子のように囚人の死を刻み、揺れた」と、実に淡々と語られる不思議さ,、巧さ。処女作でありながら力んだ勇み立ったところがない。何故か魅かれる。居た堪れぬ呟き「俺は一体なにがわかってんだ?」。
「雪間」芥川賞受賞第一作。亡くなった祖母の通夜に母と共に訪れる忠夫。夜、唸り声で眼がさめたら「死んだら終わりだ」としか語らなかった祖父の広い肩が小刻みに揺れているのを知る。ただただ会話だけで話が進むだけなのに、そして大変抑えた綴りが、祖父の心の内を、やり場のない辛さを、ものの見事に語る。居た堪れぬ呟き「あんまり生きてると疲れるからな」。
「その日は船で」ある島の分校の教員が、経済的な理由にこじつけ子供を堕胎する話。居た堪れぬ呟き「人間を造ったやつに騙されたような気がする」。
「酔いどれ剣客」
鳥羽亮
双葉社

2012.3.19
直心影流の遣い手である雲井十四郎斬日記シリーズ。越後国渋江藩江戸家老警護と手練の刺客を打ちはたす事を依頼された雲井十四郎が甲刺しの剣に挑む。肩の凝らないチャンバラ剣豪小説。
「とげ抜き新巣鴨地蔵縁起」
伊藤比呂美
講談社文庫

2012.3.22
2007年萩原朔太郎賞、2008年紫式部文学賞受賞作品。著者はカルホルニアに、両親は身寄りの誰一人居ない熊本に住んでいる。脳梗塞で倒れた母は寝たきり、父も胃癌、パーキンソン病で生きる意欲もなくしている。カルフォルニアから熊本へ遠距離介護もする著者が、再婚した頑固者の英国人の夫との生活やら、自らの来し方、老い、死等が綴られる。ぽかんと中空に漂って死ぬのを待っているだけでなく、どうやって死んだらいいのか死に方を母や父に伝えたいと源信「往生要集」を読んだりする如く、人生の苦難について真摯に向き合っている姿に惹きつけられる。と同時におおらかに、図太く立ち向かっている姿が羨ましい。真似の出来ない独特の綴りに著者の諂わない自信が伺える。
「謎解きはディナーの後で」
東川篤哉
小学館

2012.3.24

2011年本屋大賞受賞作。国立署の新米お嬢様刑事、その上司御曹司警部の連作ミステリ6短編。事件謎解きは、その両人ではなくお嬢様刑事のお抱え運転手が行う。何の面白味のないくだらない、くだらない作りもの。病院のベッドにくくり付けられていなかったら最後まで読んでいない。本屋の店員ももっとまじめに選んでほしいもの。
 
「三国志 十三の巻鬼宿の星」
北方謙三
角川春樹事務所

2012.3.27 
覇者とは別に、決して変わる事のない血が秩序の中心として必要と、蜀でなく「漢」の旗を掲げ北伐を繰り返す孔明。一方、闘っても蜀には勝てぬ、しかし闘わなければ勝てると、魏の運命を背負う司馬懿(しばい)は不戦戦法をとる。死体になっても敵本陣に向かって駈け通せ。本陣も衝けず戻ってきたら私が斬ると叱咤する孔明も陣中で没す。
234(諸葛亮、司馬懿(しばい)と五丈原で対峙。諸葛亮、陣中で没す)
志半ばで倒れた諸葛亮の死をもって北方三国志全十三巻は完結した。280年に司馬懿の孫が晋として三国統一を果たす迄は語られない。諸葛亮は死の真際、自分の生涯をふり返ることはなく、「人間は生きて死ぬ。ただそれだけのことだ」と死んでいった。北方三国志は、まさに存分に生ききった漢たちの物語。人物が鮮明に描ききられ生き様が浮かび立つ。ハードボイルドとは、人生を存分に生き切り死際に無念とも思わぬ男たちを書ききる事なのか。
「ブナの実はそれでも虹を夢見る」
丸山健二
求龍堂

2012.3.30
孤高の作家、怒れる作家丸山健二の実生から育てたブナから学んだ、生きる命のあり方を問うたエッセイ。「人間なんてばかばかしくてやってられねえよ」と存在の在り方を理不尽であり不条理である。地球から「もうお前たちとは理解しえない」と云う最後通告をつきつけられた人間。「執筆のみの小説一辺倒の暮らしであったなら、もう一人の自分と互いに傷つけ合い、とうの昔に狂気へと導かれ自殺と云うありふれた答えに飛びついたかもしれない。わが精神生活がブナによって柔軟で無限な広がりを得た」と。訳の解らぬ難解な言葉の嫌味さで一度は断念した本で、二度読み返したがよく理解できなかった。この世とは何か、人間とは何か、自分とは何かを厳しく問う丸山健二。この人で始めてツウィターを覗く事を知ったのだが、丸山健二のツウィッターは、途轍もなく怒っている。 

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2012.3月