読書ノート

「OUT」 上・下
桐野夏生
講談社文庫

2012.4.3
1998年日本推理作家協会賞受賞作。弁当工場夜勤勤務のパートの主婦が暴力に耐えかねて夫を殺害。不安と失望を抱えたパート仲間でその死体をバラバラにして生ゴミとして捨てる。それぞれの主婦の胸に抱える絶望が、今とは違う他の世界を望んだ結果、とんでもない世界に飛んでいく話。暴走族上がりの街金の男、ブラジルからの出稼ぎ男、女をなぶり殺した前科者、そしてヤクザと巧みに絡ませ息をつかせぬ展開、思いもよらぬあっと驚く展開。滅茶苦茶に面白いのだが何か足りない。最後の最後までスリリングでエキサイティングなのだが、選びようのないエンディングの所為なのか。作者は、この時期、恐ろしいほどの孤独を抱え、「行き場のない中年女たちの小説を書こう。まさしく自分の事なのだが」と他のエッセイで書いている。現実との折り合いを我慢できない人の姿を書きたかったのか。自分の我慢できない孤独から逃れたかったのか。大変真摯な作家だ。

「世界を変えた10冊の本」
池上彰
文藝春秋

2012.3.4
不安と混乱の今だからこそ活字の力をと著者が選んだ「10冊の本」。確かに10冊が10冊とも読みたい本。アンネの日記(弱い者は狙われ強いものは生き残る。ユネスコは、アンネの日記を世界の記憶遺産に登録)。聖書(世界の三分の一が信者。欧米文化の基礎)。コーラン(闘いを挑む者には、アッラーの道において迎え撃て。だが、こちらから不義をし掛けてはならぬ)。プロテスタンディズムの倫理と資本主義の精神資本論イスラーム原理主義の道しるべ(オサマ・ビンラディンの教本)。沈黙の春(私たちは騙されている。行くつく先は禍であり破滅だ)。種の起源(我々の知識は浅いのに思い込みだけははなはだしい)。雇用、利子および貨幣の一般理論(我々の経済社会の際立った欠陥は、富と所得の分配が恣意的で不公平な事)。資本主義と自由(政府の仕事は、個人の自由を国外の敵や同国民による侵害から守る事に限るべき)。 

「ディアレスト ガーデン」
遠野りりこ
小学館

2012.4.6
母親は2歳の時に病死、著名な画家であった父親は12歳の時に海外で事故死。遺された僕は、8歳年上の父の後妻、爽子さんとの二人で生きる事に。7年後の僕19歳、二人目の母、爽子さん27歳でこの物語は始まる。その7年間、二人は、お互いの最後の一つ、失えばゼロになると支え合って生きてきた。爽子さんは、過去に縛られたまま既に失った幸せの残影に沈んでいる。僕の全ての爽子さんを守るため早く大人になりたい。しかし爽子さんの自由を奪う枷でしかない。展開が速く、また流麗な美しい綴りがその早いテンポにマッチして無駄なく紡がれる。鼻につくような装飾された言葉が綴られるのだが、不思議と違和感なく溶け込んでくる。脇役も際立って色濃く魅力的に描き切られ、ミステリにも勝って先行きの展開が気になりグイグイと引き込まれていく。読み終わったときの清々しさは久し振りだ。ウィキペディアにも現れない2008年デビューの新進作家だが、この作品は青春ものの古典にもなる候補で大ブレイクすると思う。一人でも多くの若い人にこの作品を知って貰いたいものだ。 

「遠い港」
北方謙三
講談社

2012.4.7
港町で暮らす網元の中学生の次男坊にのしかかる、家族の秘密、船子たちが垣間見せる悩み、老いた漁師のやり場のない哀しみ、そして、同級生への密かな恋と性へのあこがれが語られる(出版社紹介)。北方流の説明を省いた簡潔な言葉遣いが、かえって鮮やかに情景を浮かび上がらせ物語に引き込まれていく。

「武王の門」南北朝時代の歴史もの。義範、葦影、通盛、護良、懐良とともかく馴染みのない人物が次から次へと。物語が入ってこず第一章まで読んでギブアップ。始めての事。

「プラナリア」
山本文緒
文春文庫

2012.4.10
2000年直木賞受賞作品。酸いも甘いも噛み分けた人生の達人と思わせるような人が書いたカラッとした5短編集。無い物ねだりをする、独りよがりで悩む、人間の愚かさ、哀しさが、巧みな表現力で鋭く書きあげられている。何度でも読みたくなる秀作。直木賞選者黒岩重吾評「人間を鋭利な刃物で抉りながらも小気味が良い」
「プラナリア」乳がんの手術をし乳房を失った元OLが、再生力が非常に強く、細かく切っても2週間ほどで再生するプラナリアを羨む話。
「ネイキッド」働く事が好きで怠ける事が嫌いな負けず嫌いだった私が、夫から「さもしい生き方」と蔑まれ、一方的に離婚を言い渡され、怠惰な毎日をおくる話。
「どこかではないここ」家に帰る事が窮屈と外泊する娘、父を事故で亡くし落ち込む母、入院中のボケた義理の夫、リストラされ下請け会社に出向勤務の夫、皆が皆、自分の足元も見ずここではないどこかを見続けているなか、一人孤軍奮闘する頑張りお母さんの話。まさに秀逸。
「囚われ人のジレンマ」五年も付き合っている彼から「そろそろ結婚してもいいよ」と切りだされたのだが、結婚に踏み切れずあれこれ考えあぐねる話。「損の種をまいているのは往々にして自分」の一言がいい。
あいあるあした妻に離婚されたのが因で会社を辞め、居酒屋を始めた無愛想な中年男が、自分のアパートに居着いた謎な女に振り回される話。何度読んでもいい。

「マークスの山」上・下
高村薫
講談社文庫

2012.4.14
1993年直木賞受賞作品(但し単行本版)。南アルプス北岳麓の飯場でのある精神異常者による殺人事件で始まった。13年後、北岳での全部の歯が叩き折られた白骨死体の発見。16年後、都内での連続殺人事件。殺されたのは、元暴力団組員と法務省刑事局次長検事。複雑に絡み合う4件の殺人事件に取り組む警視庁刑事の物語。登場人物の多さ、また「精神に〈暗い山〉を抱える殺人者マークス」と云った不可解さ、場面が急転換、最初の殺人事件は未解決のまま等など疑問、無理、難解さを抱えた問題作なのだが、ともかく最後まで、途中何度も読み戻しはさせられたのだが、巧みな筋運びで息もつかせず引っ張られる。最初の事件が未解決のままなので最後までどうなるか、どうなるかは当然と云ってしまえば身も蓋もないが、物語を書きあげる作者の迫力、熱気に圧倒される。内部の人間にしか分からないような警察の捜査の仕方とか内部事情も面白く読める。色々な意味で議論を呼ぶ作品に違いない。文庫化に際し全面改稿との事だが単行本とどう違うかも興味ある処。

最初の刑事「ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件」(早川書房)
世界的ベストセラーになったと云うスコットランド・ヤード最初の刑事が挑んだ3歳の子供惨殺事件ノンフィクション。読んでは止め読んでは止めを繰り返したが遂にギブアップ。またの機会、挑戦してみよう。

「グロテスク」上・下
桐野夏生
文春文庫

2012.4.21
名門女子高同窓生の四人、私と、類い稀な美貌の持ち主の私の妹と、学業は学年一番の天才と、そしていじめられっ子の要領の悪い頑張り屋の四人のグロテスクな物語。昼は総合職、夜は娼婦だった東電OL殺人事件題材の物語。桐野夏生文学の金字塔との事であったが、取るにも足らぬ事を愚だ愚だと書き連ねた退屈な退屈な作品。桐野夏生だから最後まで我慢我慢で読んだが桐野夏生作品とは思えない。 

「謹訳源氏物語一」
林望
祥伝社

2012.4.23
林望氏の忠実謹直な解釈と、原文では多くの場合省かれる主語が明示される事で大変読み易い。千年前の宮廷人の趣き深い生活ぶりが溶け込んでくる現代語訳源氏物語。原文、谷崎新々訳源氏と読み比べ源氏入門として先ず平易さ優先で林望源氏を選択。(谷崎曰く「感心するのは、15帖末摘花の物語の「蓬生」。500名余りの登場人物で一番嫌われるのは光源氏。同情を集めるのは紫の上」。)
「桐壷」(1帖)帝を父とし、匂うように美しい桐壷の更衣を母として、この世に類いなき美しい光源氏の誕生。光源氏3歳の時、桐壷の死去。桐壷の更衣の面影のある藤壷の女御への帝の寵愛。光源氏元服12歳で少し年上の左大臣の娘、葵の上と結婚。光源氏の藤壷の女御への思慕、と展開。綴りの美しさ、巧みさよりも物語の展開の巧みさで魅かれる。不吉とさえ思えるくらいの光源氏の美しさ、義理の母、藤壷の女御への恋心と不気味な展開を匂わせる巧さ。
「帚木」妻葵の上の兄、頭中将他と雨夜の品定め、女談義。方違への折に伊予介の若き後妻空蝉の寝所に忍び込む。
「空蝉」薄衣一枚を脱ぎ捨てた空蝉に逃げ去られ、心ならずも後に残された伊予介の娘と契る事に。
妻問婚とは云え、夜這いに至る顛末無しで会ったそうそう好きだ嫌いだはどうもしっくりこない。
「夕顔」大病の見舞いで訪れた乳母の家の隣に住む夕顔と、お互い素性を明かさぬまま来世までも一緒にいたいと心惹かれあう。逢引の舞台として寂れた某院に夕顔を連れ込んだ深夜に恨み言を云う女性の悪霊が夢に現れ、夕顔はそのまま明け方に息を引き取ってしまう。何と夕顔は、雨の品定めでも語られた頭中将の側室、正妻の嫌がらせで子供を連れて失踪してしまった常夏の女だったと云う巡り合わせ。
おおらかな複雑な奇怪な男女の絡み合いは驚きを越える。
「若紫」病んで加持のために北山を訪れ、通りかかった家で密かに恋焦がれる藤壺に瓜二つの幼い女の子を垣間見、その後、暁の闇に紛れて自らの邸二条院に連れ帰ってしまう。病で里下がりした藤壺は、一夜の想いもかけない過ちで源氏の子を妊娠してしまう。

当たるを幸いなぎ倒していく信じ難い行状。しかも義理の母とも。幼い女の子を誘拐してくる理不尽さ。何処の世界の話かと。

「ラスト・チャイルド」上・下
ジョン・ハート(東野さやか訳)
早川書房

2012.4.28
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞、英国推理作家協会最優秀スリラー賞受賞作。話が進んでいく中で状況が、妹が失踪、父親の家出、母親の狂乱、等などが明かされていく。大変巧い展開。脱走した服役囚による殺人、更なる女の子の誘拐と緊迫した展開。筋運びが巧みで、次どう展開するか気になりページを繰る誘惑を押えるのが難しい。13歳のラスト・チャイルド(一人残った子)が警官を差し置いて、誘拐された女の子を結果として助けだす展開。妹を助け出す事ができるのか、崩壊した家族は修復されるのか、下巻でどう展開するか大変楽しみ。
2012.4.30。
下巻
。神の声を聞く脱獄黒人による、娘を車に置き去りにして死なせてしまった妻と男友達に対する報復殺人、性犯罪常習犯による大量殺人と最後の最後まで息つかせぬ緊迫した展開にくらべ、結末が拍子抜け。最後の最後まで面白かったのだが、なあんだで終わってしまった。終わり良ければのまさに逆。読み終わった後、矢張り、余韻とか、心の揺さぶりとかと云ったものが欲しい。
  


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2012.4月

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)