2024.1月 
「燃えよ剣」(上・下)
司馬遼太郎
新潮文庫
天下最強の組織、新選組を率いた副長、鬼神と恐れられた土方歳三の生涯の物語。
巻末解説の「ふとページを操る指を、しばらく止めさせる。一字一字、碑銘を読むような姿勢で感慨にふけり、土方歳三の三つの戒名を、ゆっくり読まずにおれない」とあるように、誠の武士として悲劇的な最期で人生を終えた新選組副長土方歳三を好きにならざるをえない。
江戸幕府15代265年の間、家禄で養われ腑抜けのようになっている門閥武士の中で、歳三は、男には節義がある。古今不易のもの 最後の、たった一人の幕士として残り、最後まで戦う。男の一生は、美しさを作るためのものと生き抜く。徳川慶喜が京を去り、新選組のみ伏見鎮護の名目で伏見奉行所にとどめられ、最後の五稜郭の戦いでも、榎本武揚をはじめとする八人の閣僚のなかで戦死したのは、歳三ただ一人であった。
様々な辛酸をなめて、多くのものを破壊し去り、そして新しい時代を造りだした乱世の幕末の物語は、実に面白い。
 

 
2024.2 
「妖説忠臣蔵」
山田風太郎
春陽文庫
鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)、空が曇り雨に湿るとき、古い霊魂は悶え恨み、泣き叫ぶと云う。この「妖説忠臣蔵」は、忠臣蔵義士に係る鬼哭啾々の7短編集。
忠臣蔵と云えば、まづ浅野内匠頭の無念なのだろうが、吉良上野介にも思いを巡らしたのが「生きていた上野介」の話。山田風太郎は、兎にも角にも文章が美しい。語彙が豊富。奇想天外と云うより発想が豊か。山田風太郎作品は、何れも面白い。
「行行燈浮世之介」 吉良上野介が拉致された話
「赤穂飛脚」 赤穂への早駕籠を巡り女賊・兇賊・清水一学が入り乱れる話
「殺人蔵」 仇討ちのために手段を選ばない大石内蔵助の冷酷さが語られる
「変化城」 上杉の領地に逃れる上野介の話
「蟲臣蔵」 脱盟した義士の話
「俺も四十七士」 影の薄い義士の話

生きていた上野介

 上野介が生きていたとして、果たしてどんな物語が書けるのか。上野介が生き延びて、何をしたかったのか。何を企んだのか。

2024.3 
「信長嫌い」
天野純希
新潮文庫
魔王「信長」によって人生を狂わされ、負け犬の屈辱を味あわされた男たちを主人公にした7短編集。悲劇の話なのだが、それぞれの人生を全うっする男達。
「義元の呪縛」 僅かな誤算で桶狭間の露と消えた街道一の弓取と云われた今川義元
「直隆の武辺」 姉川の戦いで闘死した真柄十郎左衛門直隆(なおたか)
「承禎の忘執」 城を追われたのち諸国を流浪し、生きながらえてしまった六角承禎
「義継の矜持」 信長に屈服した三好氏最後の当主三好義継
「信栄の誤算」 無能の烙印を押され父子で織田家中を追われた佐久間信栄(のぶひで)
 「丹波の悔恨」 伝説の伊賀忍者、百地丹波(ももちたんば)。見つからなかった信長の首の行方が語られる
「秀信の憧憬」 偉大な祖父信長の幻影を背負い続けた三法師織田信秀


「雪冤」
大門剛明
角川文庫
横溝正史ミステリ大賞作品。死刑囚となった息子の冤罪を主張する父の元に、メロスと名乗る謎の人物から時効寸前に自首をしたいと連絡が。真犯人は別にいるのか? 緊迫と衝撃のラスト、死刑制度と冤罪に真正面から挑んだ社会派推理(アマゾンから引用)。
目まぐるしい展開に翻弄される。二度読んだが、色々な伏線があり二度読まないと、その伏線に気が付かない程だ。死刑囚の息子が父に会うことを拒み続け、死の直前に父に会いたいと叫ぶ意味も二度読んで分かってきた。


2024.4 
「百歳の哲学者が語る人生のこと」
エドガール・モラン(澤田直 訳)
河出書房新社

本国フランスでベストセラー。激動の一世紀(22歳の時ナチスの手を逃れ、46歳の時パリ5月革命を目撃、99歳の時未曽有のパンデミック)を生きた現代フランスを代表する100歳の哲学者が語る我々へのメッセージ。
あらゆる生は不確実であり絶えず予測しなかったことに出会う。不幸が幸運に、逆境が恩恵をもたらすことも。人間的なもののすべてから偶然的な要素を排除することは不可能、我々の運命は不確実であり、思いがけもないものを想定する必要が。生存は生に必要だが、生存のみに限定された生は、もはや生とは言えない。生きるとは、生が与えてくれる沢山の可能性を享受すること。人間は、善でも悪でもなく、複雑で節操がないもの。経済や技術の進歩は、しばしば政治や文明を代償にする。これは21世紀ますます明白になっていく。利益至上主義の結果、経済と技術が暴走し、生物圏の破壊が進行 サッチャー政権とレーガン政権の新自由主義的転回は、利益至上主義に対するブレーキを失い、世界のほとんど至るところに公共事業の民営化を引き起こすとともに、金持ちは極端に金持ちに、貧乏人はより貧乏になった。コロナウィルスによるパンデミック状況によって、地球規模であらゆる次元の危機が起こり、それは不安定さ、不確実性、不安の新たな要素となった。「良心ない知識人は人間の魂を滅ぼす」ラブレーの名言に暗い現代性を与えている 私にとっては、何があろうとも、エロスを選ぶことによってのみ人生に意義があることは明らか 観念や理論は知性による再構成だが、誤るだけでなく、欺くもの。 
訳者あとがき。著者は自分の人生と世界の歴史を巧妙に交差させ、そこから時宜を得た明確なメッセージを発信。 自明の理を常に問い直し、懐疑的であると同時に批判的であること。アナトール・フランスの懐疑主義 ドスエフスキーなどのロシア文学に、人間存在に潜む矛盾を。人間は知性的、理性的な存在であるだけでなく、錯乱し狂気に駆られた存在。理性と情熱の両輪を備えているのが人間。いかに用周到に振舞っても、避けられない災厄がやってくる。それこそが生きるということ。くよくよしても始まらない。誤りを恐れる事なく、そのとき最善と思われる選択をする それが生きる喜ぶにつながる。 



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(本タイトルのフォント青色の書籍が、もう一度読みたい本

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