「クワイエットルームにようこそ」
松尾スズキ
2012.5.2

2005年芥川賞候補作品。 恋人との別れ話から、薬の過剰摂取で精神病院の閉鎖病棟に強制入院させられる。様々な事情を抱えた患者、ナースと出会う。絶望から再生への14日間を描いた作品。大変達者な書き手で面白く読めるのだが、わざとらしい汚れた言い回しが気になり艶消し。病院での14日間よりも主人公の入院するまでの生き様だけを話にした方が面白かったのでは。
「コバルトブルーのパンフレット」
赤川次郎
2012.5.4

杉原爽香シリーズ、爽香37歳の12作目。読み続けるのも馬鹿馬鹿しくて、真中あたりでギブアップしたが我慢して再度読み始め何とか何とか読み終えた。話にならない。作者の想いが何もつたわってこない。殺人者も突然警察に逮捕されたりと物語としても読むに堪えない。超人的な多作との事だが、本作品も一作品と数えるのだろうか。出版社もおおいに問題。


「幸福論」アラン 角川ソフィア文庫(石川湧訳) エミール=オーギュスト・シャルティエの「幸福とはただ待っていれば訪れるものではなく、自らの意志と行動によってのみ達成される」幸福論。日本語になっていない直訳が嫌になりギブアップ。意訳本を読みたいもの。
「謹訳源氏物語二」
林望
祥伝社

2012.5.7
「末摘花」(6帖)あばら家となった屋敷で年老いた女房たちと暮らしている故常陸宮の姫君、純真そのものの深窓の娘なのだが、座高が高く、顔色は蒼ざめて見えるぐらい白いのだが、鼻が象のように長々と垂れ下がって、その先は赤くなっている姫君との話。雨夜の品定めの女ばかりの話は、いいかげんにしてほしい。
「紅葉賀」(もみじのが)藤壺は良心の呵責に苦しめられながらも、奇妙なまでに源氏その人に生き写しの、源氏の胤であることは紛れもない男御子(おとこみこ)を無事出産。源氏は相変わらず元気そのもので、この帖では、桐壺帝に仕える、源氏より何と40歳ほども年長の家柄も賤しからず、才気煥発の色好みの女官がお相手。面白くもおかしくもない。好きになりそうな人物が登場しそうにもなく読みづづける努力も大変。果たして54帖にまで辿り着けるのだろうか。
「花宴」宮中紫宸殿(ししいでん)での花の宴が終わった後、源氏は弘徽殿(こきでん)で若々しいたおやかな相当な身分の姫を見つけ、怖さに震えおののく姫を手篭めにしてしまう。源氏は朧月夜の君と名付ける。その君の父右大臣は、姫を第一皇子の東宮の元に入内(じゅだい)させる事を決めていた。さてこの逢瀬はどうなる。(5/19)
「葵」桐壺帝が譲位し、源氏の兄の朱雀帝が即位。賀茂祭の御禊の日、六条御息所の一行と源氏の正妻葵の上の一行との物見の場所をめぐっての車争いで六条御息所は大恥をかき葵の上を深く恨む事となる。その後葵の上は、六条御息所の生霊(いきすだま)の祟りで病の床に。葵の上は男子出産の後、亡くなる。四十九日の後、源氏は、美しく成長した紫の君と新枕を強行する。源氏に始めての男子誕生、正妻の非業の死。嬉しくも悲しくもなし。やはり物語は、感情移入ができ人物と一緒に泣き叫ぶ事とならないと面白くもなし。源氏物語は、巧みな和歌を従にするのでなく、まず頭に持ってきてその附随として話を後に持ってくると大変面白い事となるのでは。源氏物語は和歌を主、物語を従として楽しむ事だ。
「賢木」(さかき)六条御息所は、源氏への思いを断って娘の斎宮と共に伊勢へ下る。桐壺帝が重態に陥り崩御する。源氏は里下がりした藤壺へ忍んでいくが、藤壺に強く拒絶される。藤壺は不義の露見も恐れ桐壺帝の一周忌の後突然出家してしまう。源氏は、朧月夜と密かに逢瀬を重ねるが、ある晩、今は権勢を恣にする朧月夜の父、右大臣に現場を押さえられ右大臣と弘徽殿大后の怒りを買う事となる。
「花散里」源氏は、故桐壺院の女御、麗景殿女御を訪ねしみじみと昔話を語り合い、その後そっと女御の妹、三の君花散里を訪ねる。(6/2)
「聯合艦隊司令長官山本五十六」
半藤一利
文藝春秋

2912.5.12
山本五十六海軍次官時代から始まり、三国同盟締結、真珠湾攻撃、ミッドウェー敗戦、ガダルカナル撤退それぞれの局面での五十六の想い、覚悟、無念が語られる。読み応えのあった同著者の「昭和史」に比べ、何となく著者の想いが伝わってこないと思いながら読んだが、矢張り、この本は著者の語りの速記録を出版社編集者がまとめたものとあとがきにあった。史実だけが並べてあるだけで、その意味では分かり易いのだが、五十六、人となりがが伝わってこない。作者の魂が込められてない作品は、誠実な半藤さん自身をを貶めるようなものだ。なお、戦理を超えた敵の想像をも超えた真珠湾攻撃作戦は、山本長官指示のもと第一航空戦隊作戦参謀、黒島亀人大佐、源田実中佐により策定された。
「さよなら渓谷」
吉田修一
新潮社

2012.5.15
幼児殺人事件で物語は始まる。その事件が契機に、隣りに住む夫婦の夫が集団暴行主犯の男だったと過去が暴かれる。また、夫が、幼児が殺された母親と懇ろであったと妻に警察へ密告され、殺人教唆の容疑で逮捕される事となる。驚愕な事件、事件の連続、犯人は誰なのかと最後の最後まで息つく暇ない緊迫感と面白さの一方、何か重い暗さに押し潰されそうな感じもする。巧みな情景描写の言葉使い、展開の面白さは一級。
「阪急電車」
有川浩(ありかわ ひろ)
幻冬舎文庫

2012.5.16
阪急今津線の宝塚駅から出発して、西宮北口駅まで八つの駅を乗り降りする行きずりの乗客達の往復駅十六の連作短編集。洒落た爽やかな話なのだが一本筋の入った登場人物にも魅了される。婚約者を会社の同僚に奪われ討ち入りの気合いで結婚披露宴に乗り込む女、その女は小林駅レンガ道スーパーゴミ箱に討ち入りに着用した数十万するドレスも捨ててしまう小気味よさも持つ、そして孫が欲しがっていたミニチュア・ダックスに可愛い名前を望む孫に譲らずケンとの名前をつけるオバアチャン等など一本筋の入った登場人物が爽やか。また、若い女の子読者には胸キュンになるような恋物語もあったりほんのりほのぼの小説。巧い達者な作者だ。しかし不感症になった老人には胸にドキッと刺さるぐらいの話が良い。両親が阪急神戸線岡本に住んでいた事があり、あの懐かしい落ち着きのある小豆色の車両を思い出したりして個人的にも懐かしい。
「死海のほとり」
遠藤周作
新潮文庫

2012.5.18
子供の時に親の意志で洗礼を受けたのだが、教会に行かなくなって久しい私が、今はイスラエルに住んで9年になる大学卒業後、聖書学の先生になった学友の案内でイエスの足跡を訪ねてイスラエルを巡礼する話と、かつてイエスの時代にイスラエルの様々な人達とイエスとの出会いの話が交互にすすむ。大変重要らしい「過越(すぎこし)の祭り」と云う言葉すら知らないレベルの小生ですら最後まで興味深く読む事ができたのは著者の筆力のお陰だろう。しかし何が云いたかったのかは残念ながら分からなかったが、ヒントはイスラエル巡礼を終え日本に帰る時の私の言葉「付きまとうね、イエスは」なのだろう。


恐山院代 南直哉(じきさい)の死とは、生とはの言葉。「生と死は、並行して同時に進んでいる。生が終わって死が始まるのではない」。その言葉にはたと思う「息絶えた時、生も死も同時に終わる。生が終わったら死も終わる」と。詭弁か?著書「恐山死者のいる場所」でも読んでみよう。この坊さんのお薦めの言葉は「やり過ごす」。含蓄のある言葉だ。
「わたしが出会った殺人者たち」
佐木隆三
新潮社

2012.5.19
復帰直前の沖縄で機動隊員殺しの首謀者と誤認逮捕された事が契機となって裁判傍聴を生業とするようになった著者が向き合った18人の殺人者たち、逃亡15年の福田和子、連続幼女誘拐の宮崎勤、和歌山毒カラーの林真須美他、の話。人間の正体を描きたいとの事だが正体が描かれるどころか、この著者は、よほど自信がないのか、顔を出し過ぎ。推敲し過ぎなのか足らないのか繋がっていない理解し難い文章、言い回しが多くご本人鼻高々の直木賞受賞作「復讐するは我にあり」は全く読む気にはならない。
「甲賀忍法帖」
山田風太郎
角川文庫

2012.5.22
徳川二代将軍秀忠の世継ぎにその乳母阿福の竹千代か、御台所江与方の国千代かを決定する為に、大御所家康より「伊賀の国、鍔隠れの谷の伊賀、卍谷の甲賀のそれぞれ忍者十人の忍法争い、互いに相たたかいて殺すべし。残れる者この秘巻をたずさえ駿府城へ罷り出ずべき」の命がだされ、伊賀、甲賀忍者たちの凄絶極まる死闘が始まる。風太郎忍法帖の第一作。とにもかくにも凄絶、奇想天外なる死闘、妖異幻夢の世界が妖しく妖しく描かれる。文句なしに面白いエンターテイメント作品。最後に残った二人の純愛を貫く死に方が心に残る。
「長崎乱楽坂」
吉田修一
新潮社

2012.5.23
父が事故死し、やくざ稼業の母の実家でヤクザの若い衆、女達と共に暮らす幼い兄弟。若頭は母を手を引いて離れに連れ込む。性と酒の中で育っていく兄弟の話。 短編6話の連作。やくざの世界の話なので余り愉快な話ではないし、血湧き肉躍るような事もないのだが、吉田修一の乾いた乾いた洒落た筆さばきだけが魅力の作品。
「君よ憤怒の河を渉れ」
西村寿行
徳間文庫

2012.5.25
濡れ衣を着せられた東京地検エリート検事の犯人探しの逃避行冒険小説。突然、新宿駅の雑踏で女性から強盗強姦犯人だと指弾される事から始まる。能登、北海道、東京、伊豆と目まぐるしい場面展開。金毛の羆、巨大鮫との闘いと007さながらの大活躍。最後まで緊迫した展開。ピンチになると突然手助けする女が、それも牧場の女、ナイトクラブの女、売春婦と三度も現れたりと、また始めて操縦するセスナで飛んだり、サラブレッドで新宿の雑踏から逃げたりと、マンガティックであり、無理もあるが痛快無比である事は確か。自己を押し通す生きざまの刑事が魅力的。タイトルに作者の想いが込められている。西村寿行、一冊は読まなくてはと思って手にとったが、もうこれで充分の感じ。
「蜘蛛の糸」
芥川龍之介
角川春樹事務所

2012.5.29
美しい、肌理の細かい言葉で人間の優しさ 弱さ、怖さが語られた珠玉の7短編集。 
「鼻」長い鼻を持つ所為で、皆に哂われていた男の話。今昔物語が典拠。
「芋粥」背が低く、赤鼻、下がった目尻で風采が揚らず周囲の軽蔑に犬のような生活を続けていた男が、芋粥を飽く程食べ
 たいと望む話。今昔物語が典拠。内面を見つめる鋭さ、名調子、一級品。 
「蜘蛛の糸」御釈迦様が、地獄で苦しむ男に極楽から蜘蛛の糸を垂らす話。
「杜氏春」大金持ちになった時だけに世辞、追従をする人間に愛想がつきた男の話。
「トロッコ」村はずれの工事現場にあるトロッコに乗って遊ぶ子供の話。
「蜜柑」奉公先に赴く小娘が、わざわざ踏切まで見送りに来た弟たちに走っている客車の窓から蜜柑を投げる話。 
「羅生門」羅生門で雨やみを待っていた下人が、羅生門楼の上の死体から髪の毛を抜いていた老婆の着物を剥ぎとる話。
 今昔物語が典拠。

「虚像淫楽」
山田風太郎
角川文庫

2012.5.31
1949年探偵作家クラブ賞受賞の「眼中の悪魔」、「虚像淫楽」を含むミステリー9短編集。歯切れのよい迫ってくる綴りはさすがの風太郎。しかし、事件の事実だけが語られるだけで、人物の生き様も語られる訳でもなく何の感動も興奮もない。どんでん返しも何ら驚きはない。どの作品も余人には思いつき難い奇想天外な筋書きには違いないのだが、凝り過ぎた筋書きに想いがいって人物が描かれていないのが不満。ミステリーとは筋書きだけの勝負なのだろうか。

「眼中の悪魔」恋人が血続きの与太者の兄を救うため、ある会社社長に嫁いでしまう。恋人を奪われた医学生は、その社長に苦悩を与えるため医学的知識を活用し精神的に操つるのだが、最後は自らまでも破滅してしまう話。
「虚像淫楽」元看護婦として働いていた女が猛毒の昇汞を飲んだと担ぎ込まれてきた。付き添ってきた義弟、その肌に惨たらしいみみず脹れがある元看護婦の女、服毒死してしまう女の夫、三人の被虐、加虐の異常性愛の戦慄の深奥が語られる。
「厨子家の悪霊」山形の豪家で惨鼻な悲劇が起こる。夫人の胸からは鮮血が、喉笛は噛み破られ、そばには牙が血糊に染まった野犬と短刀を持った口も血みどろな男が。先妻は狂って井戸に落ちて死亡。狂人となった先妻の息子。顔面に大焼傷を受け部屋に引籠りこの10年出た事がないと云う豪家当主とまさに不気味な登場人物なのだが、事件の事実だけが語られて物語が進むので盛り上がりもなく、最後のドンデンガエシも何の感激もない。作者だけの自己陶酔と云った感じ。 
「蝋人」(ろうにん)窓には細い鉄格子が嵌り、完全密室状態の自室で全裸で死んでいた友人。これは面白いぞと思いきや、骨軟化症の女性の出現。全くの興醒め。歯切れのよい綴りでも矢張り納得できるストーリーが大切。
「黒衣の聖母」愛する女性を空襲で失い、失意の復員兵が、焼け跡で出会った女子医学生の淫売婦。その意外な正体は。驚きの展開。
「恋罪」医科大学クラスメイトだった友人から山田風太郎様宛の六通、その内一通は友人の妻からの書簡で殺人とその顛末が語られる。ただそれだけ。
「死者の呼び声」一通の手紙の中で、そのまた手紙の中でそれぞれに操り殺人が語られる凝った構成。
「さようなら」ペスト騒ぎを起こし、町並み全体を気が触れた女が生気であった10年前の戦時下と同じ状況に作り上げる話。
「黄色い下宿人」シャーロック・ホームズの推理を夏目金之助が覆す話。 

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2012.5月

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