読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2012.9月

「眠狂四郎無頼控」(一)〜(五)
柴田錬三郎
新潮文庫

56年前、週刊誌の毎週読み切りという形で連載された痛快無比の剣豪小説、連作100話。

2012.8.29
(一)
「雛の首」から「因果街道」の20話。ころび伴天連の血をひく彫りのふかい、虚無的な翳を刷いた風貌の黒羽二重着流しの異端の浪人者、剣客眠狂四郎。その風貌が女をひきつけ、しかも平然と犯し、円月殺法をふるって容赦なく悪をたたっ斬る。
主人公は云うに及ばず脇役含めた魅力的な登場人物、思わず読み返してしまう美しい言葉、流れるような綴り、加えて人情の機微に響くような筋建て、展開。これが柴錬。ただ、この作品は、読み切りと云う制約(一話20頁)からか、さてどうなるとくるも、悪党が眠狂四郎に斬られて簡単に決着がついてしまうと云う我儘な物足りなさが一話毎に残る。 
2012.9.2
(二)
「海の亡霊」から「暴風雨」までの20話。東海道を西に向かってあてのない旅路の眠狂四郎。立ち寄る先々での、女房の操を売る浪人者やら、妻が廓に売られた浪人者やらの悲惨な人間模様が心に響く。眠狂四郎の無想正宗の如く、柴錬の美しい綴りが、「雲が切れて、月光が靄に落ち、おちこちの人家の聚落の屋根や、林や、丘陵を、ひと刷毛ひと刷毛、なでるよに浮かびあがらせてきた(28話、狂四郎哄笑より)」と冴えわたる。
2012.9.4
(三)
「二人狂四郎」から「おらんだ殺法」までの20話。幕閣における勢力争いに絡んで眠狂四郎に放たれる公儀隠密、刺客との死闘。この世に生を享けた時から、女を不幸にする宿命を背負わされた狂四郎を慕う女達、皇女桂宮明子(さやこ)内親王、将軍家斉の娘高姫、常盤津の師匠文字若、自害する事になる狂四郎従兄妹の静香、そして若年寄肥後守の密偵だった狂四郎が妻と呼ぶただ一人の女性美保代の生き様。たまらなく引き込まれる。異邦の血を享けた狂四郎と同じ宿運を背負って生まれた布教師の子供を美保代に預ける13話、愛母像の話には目頭が熱くなる。 
2012.9.7
(四)
「狂四郎告白」から「白珠賊」までの20話。実に洒落た、小気味のいい悪党退治の話がこれでもか、これでもかと続く。よくもこれだけの智恵が廻るものと驚愕。この第四巻に限った事ではないのだが、眠狂四郎無頼控の時代背景となっている文化、文政爛熟期の江戸の政治、社会の出来事、仕組み、そして人情風俗が語られるのも大変興味深い。「狂四郎告白」でオランダのころび伴天連に、大目付の娘が犯されて生まれたと云う眠狂四郎の出生の秘密が告白される。
2012.9.10
(五)
「贋狂四郎」から「何処へ」までの完結編。眠狂四郎の最大の宿敵であった公儀隠密の美貌の剣士白鳥主膳は、最後の決着で、怨みをかっていた甲賀忍組から放たれた毒吹矢を躱すかわりに桃の一枝を斬り取って死んでいく16話「桃花無明剣」。美保代の叶わなかった夢の子宛の17話「遺書」。本丸老中の寵臣に斬奸状をつきつけ、配下の忍者集団と壮絶な決闘の後、重傷を受けた身で美保代を背負って母の墓に行く最終話「何処へ」。連作100話の心に響く見事な見事な完結。ただただ感嘆。
「レオン氏郷」
安部龍太郎
PHP研究所

2012.9.12
信長の娘婿となり、軍議の席でも信長嫡男信忠につぐ位置をしめ、信長亡き後は、妹「とら」を秀吉の二番目の妻に所望され秀吉の義兄となり聚楽第の中に屋敷を与えられ秀吉一門衆と同格となったキリシタン大名蒲生氏郷の生涯が信長上洛から秀吉天下統一迄を重ねて語られた歴史物。戦国時代から安土桃山時代にかけての全国各地の戦国武将の生き様が描かれ大変興味深かった。タイムスリップ出来るとしたらこの時代に行ってみたいもの。
  
「大往生したけりゃ医療とかかわるな」
中村仁一
幻冬舎新書

2012.9.13
本来、年寄は、どこか具合の悪いのが正常で、老いを病にすり替えるのでなく老いて死ぬ自然死が勧められた本。医療が穏やかな死を邪魔し、患者をただズルズルと生かしている、死ぬのは癌がいい、癌に限ると筆者は人間ドッグ、癌検診は努力して受けないと云う。
この御仁の意見は健康だからこそ云える事。また患者の痛みも理解しない強者の意見で、軽薄そのもの。最先端医療の事も勉強しているとは思えない。唯一参考になるのは、一度心臓が止まれば蘇生術は施さない、人工透析はしない、経口摂取が不能になれば寿命が尽きた時で経管栄養は行わない、等々の終末期医療遺言ぐらい。出版社幻冬舎は、タイトルに驚かされる事が多いが感心する中味の本は少ない。
「漂流」
吉村昭
新潮文庫

2012.9.15
土佐の漁師、長平は、江戸天明五年(1785年)一月、激しいシケで、土佐の国から660Km離れた、江戸の南、八丈島を遥か超えた水もない絶海の孤島、火山島に四人の仲間と共に流れ着く。激しい風浪で舟は次々に破壊され漂い流れる浮遊物となった、尿も飲んでの12日の漂流は凄まじい。アホウドリで食いつなぎ、島に漂着して三年、一人生き残る。更に一年半後、大阪から11名が、その後二年、薩州から六名が漂着。生き残った十四名で、十二年と四カ月生き続けた島から二年強掛かって流木で造った船で青ヶ島に脱出。漂民の手記はなく、藩の取調べ書に基づいて筆者の筆力で漂流者の心情が語られた、十二年を越える長平の、火、水もない壮絶な生きた闘いの感動巨編。
一人生き残り、孤独にたえきれず自殺を企てるも、島から抜け出したいとばかり願うのでなく、あらゆる欲望を捨て、日々達者に暮らす事だけを念ず生き方。そして最後には、島にいれば、ただいたずらに老いて死ぬ以外になく、死を覚悟で舟出をした身であれば、死んでも悔いはなしと云う生き方。これなんだなぁ。  
「語りつづけろ届くまで」
大沢在昌
講談社

2012.9.27
食品会社宣伝課に勤務する坂田勇吉は、自分自身が自分に一番うんざりする程のお人好し人間。新商品のセンベイの宣伝のため、東京下町の老人ホームへのサンプル持参慰問訪問がきっかけで犯罪に巻き込まれていく。死体発見、三億円現金の紛失。詐欺師、偽刑事、下町ヤクザが三すくみで複雑に絡み合い事件が拡がっていく。
軽い軽い読み物と云った感じ。それ以上でも以下でもない。登場人物が余りにも複雑に絡みあい、話を面白くしようとの意図が却って逆効果。タイトルも全く理解不能。もう読む事はない。      

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