「平成猿蟹合戦図」
吉田修一
朝日新聞社

2012.11.10
九州の五島に身重の妻を残して、福岡、東京へと職を求める若者、その後を追って上京する子連れホステス。世界的なチェロ奏者が、両親を自殺に追い込んだ男を轢き逃げする故意の殺人、それを目撃した歌舞伎町のバーテンと、目まぐるしく展開。そして最後は、全ての罪を被って自殺した政治家秘書の娘による仇討ち。図抜けた巧さの吉田修一だから、平成お伽噺も面白くは読めるのだが、余りにも非現実的過ぎて、吉田修一ワールドは、読後、そこはかとなく漂う安らぎ、悲しみ、怒りと云った感情に迫られるのだが、この度は、胸に何も響いてこない。

吉田修一は、本の主題の理解は、読者任せにしている事が多いのだが、この本では珍しく回答を与えてくれている。「結局、人を騙せる人間は自分の事を正しいと思える人。逆に騙される方は、自分が本当に正しいのかと何時も疑う事が出来る人間。自分の事を疑う人間が、本来なら正しいのだが、今の世の中はそのような人を簡単に見捨て、正しいと云い張る者だけが正しいと勘違いしている」と。 


「鬼の詩」
藤本義一
ファラオ企画

2012.11.16
1974年直木賞受賞作品。明治の末、大阪の寄席で、その芸は狂人と云われた桂馬喬の生き様の物語。子供が腸炎を患った時、わが子の肛門に唇を寄せて、酸性の強い匂いを放つ便を吸い出し、唇で拭ってやったり、 27歳で他界した妻の屍(かばね)を褌ひとつで、横抱きにして、帷子(かたびら)の胸をわって両手を背に入れ、己の体の温みで、妻の肌に温みをつたえようとしたり、お骨(こつ)になった妻のまだ温みのある骨を噛み嚥したりする凄まじい生き様、そして、天然痘に罹病し無残なあばた顔に変形した自らの顔を利用した鬼の噺で高座に復帰し、痘面(あばたづら)の窪みに、煙管の雁首を釣り下げる珍芸を究める為に命を賭す男、芸への執念の男の生き様が乾いた綴りで、不気味に、巧みに語られる。

11PMの司会者としか知らなかったが、まさに、プロの作家の一人。


「近代日本の百冊を選ぶ」
伊東光晴、大岡信、丸谷才一、森毅、山崎正和
講談社

2012.11.26
経済学者、文芸評論家、数学者、劇作家の上記五人が、今読んで面白いかの基準ひとつで、一年がかりで選んだ近代日本の百冊。漢文崩しの文語体で書かれた久米邦武編「特命全権大使米欧回覧実記」に始まり、京極純一「日本の政治」までの百冊の面白さが、文学者、詩人、映画評論家、哲学者他の二十人によって解説される。

百冊の内、既に読んだ本は、勝海舟「氷川清話」、夏目漱石「それから」他の何と六冊しかない。何と不勉強の事か恥じ入る。少しづつ読んでいってみよう。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2012.11月