「鉞子」 世界を魅了した「武士の娘」の生涯
内田義雄
講談社

2013.10.2
アメリカの識者に「この本は、人生の書」と評価され、太平洋戦争危機の時、米・英で賞賛を受け、アメリカでベストセラーになった「武士の娘」を書いた杉本鉞子(えつこ)(旧姓:稲垣)、稲垣ファミリーストリー。

杉本鉞子は、1872(明治5)年、越後長岡藩の元家老、稲垣平助の二男八女の六女として生まれた。「鉞(まさかり)」のように強い娘にと「鉞子」と名付けられた。家出してアメリカに渡った兄が助けられた恩人に嫁ぐ為に、1898(明治31)年、26歳の時、渡米。1920(大正9)年から7年間、NYのコロンビア大学で日本語と日本の歴史の特別講義を。1925(大正14)年、「武士の娘」出版しベストセラーに。 父、稲垣平助は、後釜で家老となった、 直情径行の河井継之助の浅慮で長岡落城の事態を、命を賭して長岡家再興、藩の存続を図り、賊軍処分のなか主家再興を認めさせた武士の中の武士。鉞子は、最終的には、1927(昭和2)年、帰国し、1950(昭和25)年没。享年78歳。

異質なアメリカと云う国で、揺るぎない信念と不屈の精神で、果敢に人生にたちむかった大和撫子を知る本。
「陰の季節」
横山秀夫
文春文庫

2013.10.5
1998年松本清張賞受賞作、1998年直木賞候補作品。刑事と犯人との相克でなく、警察内部、しかも捜査畑でなく管理畑内部の人間の相克に焦点をあてた人間ドラマ、警察小説四篇。登場人物の人間臭さが存分に匂い、悲哀が語られる。


「陰の季節」退官後の天下りポストに固執して辞めない元刑事部長 退官時、未決で残したOL暴行殺害事件
「地の声」警察署の保全課長が、パブのママとできている。ホテルで密会しているとのタレこみ。二転三転の決着
「黒い線」生真面目な機動鑑識班婦警が無届欠勤。しかも犯人逮捕お手柄の翌日に。
「鞄」議会対策を職務としている警務部秘書課警部が、定例県議会一般質問で県警本部長を吊し上げようと目論む県議の罠に。

短編であるにも関わらず、大変緊迫感のある、予想外の展開、決着でこの上なく面白い。人間の悲哀も語られ洒落た上質な小説とも言える。      
「実録四谷怪談」四谷雑談(ぞうだん)集 現代語訳
訳:広坂朋信
白澤社

2013.10.8
四谷在住の御先手組同心のひとり娘である岩は、悪い性格に加え、疱瘡がもとでの醜い容姿であったが、何とか婿を得た。所がその婿が、上司である与力の妾に惹かれ、またその上司は、妊娠した妾をその婿の再婚の相手にと、ふたりは結託して、岩を騙して家から追い出してしまう。騙されたことを知った岩は怒り狂い失踪する。

鶴屋南北作の東海道四谷怪談の100年前の奥書を持つ写本が発見された四谷雑談集は、四谷怪談の原典のようだが、怖い怖い怪談ではない。疫病なり、やけの分からぬ病で、お岩を騙した連中が、その家族も含め全員が亡くなっていく、一人は鼠に食い殺される、だけの話で、怖くも何ともない。お岩さんも、乞食の一人が岩に似ているとの話はあるが、失踪したまま化けて出る事もなく、山伏によりお岩の霊が呼ばれるだけで活躍の場はない。

この本は、「己が身を達し度思はゞ先他人を達せしめよ(自分が救われたければまず他人を救え)」と本文にある様に、怪談でなく、因果応報の類いの教戒が狙いで書かれたのであろう。

作者不詳であるが、こんなタイトルは、作者に失礼である。 
「澪(みお)つくし」
明野照葉
文春文庫

2013.10.13
思わずゾクッととする不気味 怖さ。だが、怪異、怪談のホラー8短編集ではない。明日をもしれぬ身、この世とあの世の境が曖昧な事を哀しく語った物語。ただ、神、宗教を信ずる事ができない私には無縁の話。

「かっぱタクシー」 出かけてくる時は間違いなくあった自分の家がない。不気味な世界に引き込まれる.。ボケで徘徊する妻は、かっぱのマークのあるタクシーでないと家に帰らない。考え抜かれたゾッとする虚構の妙、傑作。

「三途BAR」聖域、六道の辻にあった御神木、タブノキに通いきった亭主、渉が亡くなった。その埋めようのない喪失感からただひたすらに酒の日々。目覚めると、また一日生き延びて、新しい日の始まりを迎えた事に落胆する。仕事仲間に連れていかれた三途BARで、渉が共にいてくれている事を知らされる。

「ジェリーフィッシュ」サーフィンをしている時、水上バイクに追突されて以来、7,8年海につかる事さえ一遍もなかった男が、ある事件で、ひたすら夕日に向かって沖に泳ぎだし、海の彼方の常世という神の住処を目指して泳いでいってしまう。

「つむじ風」鎌倉の瀟洒な家に移り住んでから、突然、既に亡くなっている義母、祖父母、結婚前の不倫で堕ろした女の子たちを見るようになる。有象無象の亡者たちと同居しているようなもの。その家は、そもそも家を建ててはいけない場所、如何なる人の支配も受けない場所、無主無縁の辻、この世の風も吹けば、あの世からの風も吹く辻のあった場所に建てられいたのだった。あの世からの風が吹きだすように、亡者が湧きだし、涼しい顔をして隠し続けてきた女の業や罪が、すっかり覆いを取り外されていく。

「石室」家を建て直す間の仮住まいとして知りあいが持つ団地の一室を無料で借りる事に。玄関脇の一室だけは、立ち入り禁止の開かずの間、身と心を寒々とさせる何かがある。或る日、玄関前に、赤い紐と鈴のついた鍵が落ちていた。何と借りている部屋に合う鍵だった。誰が落としたものなのか。10年近くも前に亡くなった奥さんが、今も部屋にいる。部屋が寒いのも当然の事、仏壇と同じく、部屋があの世に通じている。

「彼岸橋」村のよそ者は、死んだ時にしか渡る事ができない、この世とあの世をつなぐ架け橋、彼岸橋。銀杏の木から落ちて死んだ子供と、よそ者で村を捨てざるをえなかった母の話。

「雨女」神と交信して、ト占(ぼくせん)や祭祀を生業とする民族の血を受け継いだ女性。その女と一緒になった男は、必ず早死にすると云われていたが、兄もその例外ではなかった。

「澪つくし」死者をつつがなくあちら岸に渡す水の道筋、澪。ここんちのおばあちゃん、もうすぐ死んじゃうと死の引導を渡す、この世とあの世の境目にいる人、雨女の続編。
「風の果て」上・下
藤沢周平
文春文庫

2013.10.17
片貝道場同期入門の十五、六の時からの仲間五人の物語。その内の一人は元執政の嫡子。残る四人は、部屋住みの平藩士の出と云う上士下士の厳しい身分差のある間柄。五十を過ぎる歳となって、部屋住みから主席家老まで登りつめた桑山又左衛の許に、「執政などに収まりやがって、腹の底まで腐ったか。恥を知る気持が残っているなら、決闘に応じよ」と仲間の一人、野瀬市之丞から果たし状が届く。市之丞は、娶りもせず禄を喰まずに、髪に霜を置くに至った野瀬家の、心に鬱屈を抱える厄介叔父。
届いた果たし状で、郷愁と悔恨の気持ちを抱きながら、若き頃からの仲間、来し方を回顧する形で物語は語られる。仲間の一人は、上士を斬って脱藩、その討手に選ばれたのも仲間の一人、自分は、執政などと云うものになるから、ある友とは仲違いし、ある友とは斬り合わねばならぬ。一目散にここまで走ってきたが、何が残ったか。

藤沢周平、58歳の作品。武家青春小説とお家騒動ものの集大成と云われるが、心に沁みる静謐な物語。人生、走り走って一体何が残るのか。考えさせられる。髪に霜を置く歳になってから読む本。
 
「大江戸釣客伝」上・下(ちょうかくでん)

夢枕獏
講談社文庫

2013.10.22
2011泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、2012吉川英治文学賞受賞作。人は愚かで、淋しい。その淋しさや、哀しさや、愚かさの深さに応じて人は釣りにゆくのであろう。そして人は弱い。その弱い人間が、なんとか歩いてゆくためには杖が必要。釣り竿を、この憂き世を生きてゆくための杖とした粋人達の哀しい心打つ物語。

芭蕉門下の重鎮、宝井其角と、絵師多賀朝湖は、佃島の沖で竿を握りしめた笑い顔の土左衛門を釣り上げる。四千石の旗本の当主で、吉良上野介の娘を妻とし、五代将軍綱吉の側小姓の津軽采女(うねめ)は、乱心した綱吉から切りつけられ、左足に刀傷を負い側小姓を辞める。

百三十五回にものぼる生類憐みの令、赤穂浪士仇討ち、三宅島に島流しの流刑になった多賀朝湖、後の英一蝶(はなぶさいっちょう)の話と進む。特に、「釣秘伝百箇條」を「これがおれのありったけだ」と娘に本を渡し「あばよ」と姿を消した投竿翁の釣りにもの狂いし、身を滅ぼした話は哀しい。

現存する最古の釣り指南書「何羨録(かせんろく)」を書いた津軽采女は、この世の不幸を、一身に背負って生きた人物。17の時に父をなくし、22の時に妻が死に、36の時に義父吉良上野介が斬殺され、そして14人に及ぶ子、孫に先立たれると云う17人の肉親の死に見舞われる。まさに釣りがこの人を支えたのだろう。采女は、釣りに、芭蕉、宝井其角は、俳諧に、多賀朝湖は、絵画に狂いたがったのか。

筆者は、この話を思い立った時、江戸時代の脚立釣りの体験をしていない事に気付き、二年半掛けて、やっと実現してから執筆を開始したとの事。この入れ込みようには敬服。小説現代で連載五年で完結。 , 
「秘太刀馬の骨」
藤沢周平
文春文庫

2013.10.23 
六年前に藩政の主導権を握っていた筆頭家老が、馬の首の骨を両断する「馬の骨」剣法で暗殺された。派閥争いの中、現家老から、その秘太刀「馬の骨」の伝承者を探し出すことを命じられた二人の男が、不伝流矢野道場の道場主と高弟5人に立会いを挑む話。

馬の骨の遣い手は一体誰なのか、相手と立ち合っても、その技を遣わない限り分からんだろうと云う素朴な疑問があって読んでいても、話の展開にしっくりこない。最後になって、矢張りそれみた事になった。継承者が、誰なのか読書の間では喧しいようだが、ミルテリーであるなら、腹にすとんと納得できる決着がほしい。
「想像ラジオ」
いとうせいこう
河出書房

2013.10.25
高い杉の上に引っかかってしまった、もうこの世にいない、といって、まだあの世にもいってない男が、方舟(はこぶね)にちなんだDJアークという名で、この世を去った人だけに聴こえるディスクジョッキーをエアーする話。

亡くなった人に何時までもとらわれていたら、生き残った人の時間も奪われてしまう。直ぐ忘れて、自分の人生を生きるべきだ。でもそれが正しいのだろうか。亡くなった人の声に耳を傾け、悲しんで悼んで、死者と共に少しずつ前に歩くんじゃないのか。生きている人間が全員いなくなれば、死者も居ないんだ。生者と死者はふたつでひとつ。だから生きている者は亡くなった人の事をしじゅう思いながら生きていく。亡くなった人は、生きている人からの呼びかけをもとに存在し、生きている人を通して考える。一緒に未来を作るんだ。

大変難しい問題を投げかけられる。大変に難解。

DJで、エアーされた曲は、ブームタウン・ラッツ「哀愁のマンデイ」(サンディエゴで起きた16歳の少女によるライフル銃乱射事件がもとになった曲)、ザ・モンキーズ 「デイドリーム・ビリーバー」、フランク・シナトラ 「私を野球につれって」、ブラッド・スウェット&ティアーズ 「ソー・マッチ・ラブ」、マイケル・フランクス 「アバンダンド・ガーデン」、コリーヌ・ベイリー・レイ 「あの日の海」、モーツアルト 「レクイエム」、松崎しげる 「愛のメモリー」、ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」、そして、最も偉大な世界の100人のシンガーの一人で、脳腫瘍で亡くなる前年のラストソング、ジャマイカのレゲエミュージシャンのボブ・マーリー 「リデンプション・ソング」。この贖罪の歌は、不思議と心に沁みる歌。パソコンのBGMにして、作業中に聞く事とした。
「窓際のトットちゃん」
黒柳徹子
講談社
 
2013.10.26
どことなく疎外感を感じ、教室からチンドン屋さんを待つためいつも窓際に立っていた黒柳徹子、トットちゃん。小学校一年で、クラス中の迷惑になるとの事で退学させられる。生まれつき持っている素質を伸ばすトモエ学園に転校。トットちゃんに、ちゃんとした人格を持った人間として接してくれた、小林宗作校長先生。いつも「君は本当はいい子なんだよ」と励ましてくれた。大きくなったら、スパイ、駅の切符屋さん、チンドン屋さん、バレリーナと色々と、なりたかったトットちゃん、「私、大きくなったら、この学校の先生になってあげる。必ず」と校長先生に約束する程、大好きだったトモエ学園も、トットちゃんが昭和19年、満員の疎開列車で東北に向かっている時、東京大空襲で焼けてしまう。

「退学になった」と云う事実を、二十過ぎるまで話さなかった母の愛も、今のトットちゃんを育てた。黒柳徹子46歳の1979年、講談社「若い女性」に、二年にわたって連載された。戦後最大のベストセラーと云われ、35カ国で出版されている。

純真無垢、穢れのない女の子の思いが伝わってくる。泣いて笑っての展開だが、小学生のこれだけの思い出、記憶がある事に、高校時代の記憶すら薄い小生には、驚愕。
「蝉しぐれ」
藤沢周平
文春文庫

2013.10.29
海坂(うなさか)藩普請組、牧助左衛門は、藩に対する反逆の罪により切腹を命じられる。跡とりの牧文四郎は、反逆者の家の者に対する蔑みのなか、剣の修行に励み不敗の秘剣村雨を伝授されるまでになる。淡い恋心を抱いた、隣家の娘ふくが、江戸屋敷に奉公する事となり藩主の子を身ごもる。ふくが産んだ御子が、派閥争いに捲き込まれた文四郎を、苛烈な運命に翻弄していく事となる。

とにもかくにも美しい美しい小説。牧親子の清々しい生き方が、美しく綴られる海坂藩の風景、四季の移ろいに増幅され、心に響く。父親の亡骸を荷車で家によろめきながら連れて帰り、精根尽き果てた時、ふくが駈け出て来て荷車の梶棒を一心に引くくだりは泣ける。何度読んでもよい、本当に美しい小説。ただ、最後の蝉しぐれの章で、ふくが本心を打ち明け、二人が唇を重ねるくだりは、余分だったね。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2013.10月