「親鸞」完結編 上・下 五木寛之 講談社 2018.11.10 6年がかりの新聞小説3部作、全6卷の完結編。念仏禁制の裁きで越後に流罪され、京都に戻った61歳から、90歳で入滅する迄の物語。専修念仏を憎悪する怪僧、異国宗に売られ宋の富商に身請けされたという謎の女借上、他、これまで親鸞に関わったのオールキャストが、この編で収まる。真剣に信仰を求めた人の心と、それにこたえようと厳しい時代を必死に生きた人々の姿が描かれる。 「法然上人は、だだ念仏すれば浄土に行けるとは、おっしゃらなかった。念仏すれば浄土に行けるという話ではない。必ず浄土にいくと信じて念仏せよ。信ずれば、勇気が生まれ、心が明るくなる。法然上人の教えに出会わなかったら、生涯、無明の海を漂い続けた事だろう 」と親鸞は云う。 |
「親鸞」上・下 五木寛之 講談社 2018.11.20 9歳で出家し、念仏禁制の裁きで越後に流罪となった35歳迄の親鸞の物語。 12歳で比叡山に入山するも、永い修業の後、山も下り、仏法や世間の常識にとらわれず自由に生きる、無戒で生きる道を進む。 南無阿弥陀仏の南無とは、全てを捨て仏の前にひれ伏す事、全てお任せし、迷わない事、そに誓いが南無。 一気に読める面白さ。 |
「そして誰もいなくなった」 アガサ・クリスティー(青木久恵訳) 早川書房 2018.10.15 アガサ・クリスティーの代表作。本文庫は、26刷(2018.5.25)。 兵隊島と云う絶海の孤島に、お互い面識のない男女十人が招待される。招待主は姿を見せず、最初の夕食の場で、十人が、それぞれの罪状で告発される。そして、十人が一人づつ殺されていき、最後には「誰もいなくなった」に。正に、原題の、「And then there were None」となる物語。 エピローグのロンドン警視庁によっても謎は解けず、最後の犯人の告白で真相が分かる。 確かに、クリスティの代表作と云われるだけあって、最後まで一気に読ませる面白さがある。そして、ミステリーでよくありがちな、くだらなさも感ずる事無く、読み終わって何か爽快感さえ覚える。「法律で断罪出来ない犯罪を犯した人間に正義の鉄槌を下す」とあるからなのかもしれない。 巻末の赤川次郎は、ミステリーは、「知的で粋な」娯楽で、本作品は、書きたいと云う永遠の目標作品と云う。 ただ、私には、ミステリーは、「眠れない夜の読み物」となっても、「離れ小島に持って行く読み物」ではない。矢張り、何か胸に響く物が欲しい。 |
「ニッポン放浪記」 ジョン・ネイスン(前沢浩子訳) 岩波書店 2018.10.30 ユダヤ系アメリカ人、ハーバード卒業後、津田塾での英文学の先生として来日。東大に学士入学を果す。三島由紀夫の翻訳、勝新太郎との交友、水谷八重子との共演他、40年以上にわたって日本の社会と文化に深く関わったジョン・ネイスンの回想録。 エミー賞受賞映画監督でもあり、大変な男も居るものだと感心。物語がメリカに移ってから興味を失い途中で読むのを止める。 |
「戦後ゼロ年東京ブラックホール」 貴志謙介 NHK出版 2018.9.10 敗戦直後の1年が綴られた衝撃のドキュメント。ヤミ市、東京租界、地下政府、軍の隠匿物資、皇居、そして占領軍と、その内部には、容易には伺い知れない謎、秘密、謀略が詰めこまれたブラックホールが存在し、その内部にに分けいっていく本。 終戦は、戦争を推進した旧支配層と米軍の密着が始まった年。軍国主義の残党、ヤミ成金、官僚や政治家を問わず、占領軍に深く食い込んだ者だけが生き延びた。 占領軍は、日本人の為に日本を民主化する事ではなく、天皇制を維持する事で日本の統治を成功させ、アメリカの国益に沿って日本社会を改造する秘密工作に積極的に協力した日本の支配層との合作で、反共の防波堤「世界最大の親米国家ニッポン」を造っていった。 占領軍に接収された治外法権の施設、「東京租界」で、米軍の将校とヤミ商人が手を結び、闇ドル、麻薬、売春、賭博、闇取引で、好き放題に稼いでいた。 東京湾から引き揚げられた日本軍の隠匿物資の金塊は、20億ドルにものぼったが、そのお裾分けに預かれたのは、軍人、御用商人、官僚と地位と特権に恵まれたエリートや戦争指導者だけ。 日本政府による米軍兵士の為の慰安所が設置され、最盛期には、全国で7万人もの売春婦が働いていた。 日中戦争は、太平洋戦争よりも10年も長く続けられ、大陸における中国人の犠牲者は1000万に上り、太平洋戦争における日本の犠牲者をはるかに凌駕する、等などの事実が語れてていく。 何時の時代も、時の権力者に媚びる集団が甘い汁を享受している。その実態が明かされると厭になるね。 |
「つばき文具店」 小川糸 幻冬舎 2018.6.14 一人で厳しく育ててくれた祖母に反発して家を飛び出した鳩子は、祖母の葬式のため鎌倉に戻り、祖母の文具店と代書屋業を継ぐ。まざまな人の思いを相手に、ラブレター、絶縁状、天国からの手紙、他の手紙で届けることで、依頼された人の思いに触れ、その人生に寄り添っていく。祖母のイタリアの文通相手の手紙から祖母の思いも知る事になる。 透き通るような静謐な綴りで、心の琴線に響き、暖かな気持ちにさせてくれる素晴らしい物語。 |
「神々の乱心」 上 松本清張 文春文庫 2018.3.20 昭和8年の埼玉。降霊術を研究する謎の宗教団体から出て来たのは、皇室に仕える女官。その女官は、特高警察警部から尋問を受け、吉野川に謎の投身自殺を遂げる。茨城県渡良瀬遊水地での、2名の男性の他殺死体発見。その2名は、満州大連の阿片特売人と、骨董屋と判明。遺体から練り香と、死の奥に潜む謎が。 畏れ多いお濠の内側が語られ驚かされる。正に、巨匠の作品と思える。 |
「松本清張の「遺言」「神々の乱心」を読み解く」 原武史 文藝春秋 2018.3.31 明治、大正期の女官制度の詳細,新興宗教の乱立の歴史的背景が語られると共に、未完に終わった松本清張の「神々の乱心」の筆者が推察する驚きの結末が披露される。 2.26事件をモデルに、貞明皇后と昭和天皇の確執、秩父宮擁立が神々の乱心と。 |
「蜜蜂と遠雷」 恩田陸 幻冬舎 2018.4.25 2016年直木賞、2017年本屋大賞受賞作品。国際ピアノコンクールを、一次予選から三次予選、そして本戦と、コンクールそのままを書き綴ったもの。今は誰も自然の中に音楽を聞かなくなって、自分たちの耳の中に閉じ込めて、それを音楽だと思い込んでいる。自然の中の音楽が聴けるように、「音を外へ連れ出す」ことのできる音楽をと。 音楽を文字で綴るとは、凄い感性の持ち主なのだろう。確かに出だしは、惹き込まれたが、ただただコンサートが続くだけで展開に変化がなく、冗漫で、読み続けるのが苦痛。小説にも起承転結が要る。 しかし、同業者には、驚きの作品には違いない。 |
2018
「罪の声」 塩田武士 講談社 2018.1.19 2017年山田風太郎賞受賞作品。社長を誘拐、複数の製菓、食品メーカーを恐喝、一年半後、犯罪グル―プは、終結宣言を出して闇に消え、2000年2月に完全時効を迎えた、戦後最大の未解決事件「グリコ・森永事件」を、作者自身、事件現場にも赴き、史実にそってフィクションに仕立て上げた物語。 この事件の、加害者、被害者それぞれの、歩まざるを得なかった悲惨な人生、「逃げ続けることが、人生」、が語られ、「見た事のない神に祈らざるをえない」劇的な幕切れを迎える。 未解決のこの事件を、何故起きたのか、どのように起きたのか、何ら疑問を挟む余地がない程に、巧みに語られ引き込まれていく。ただ、イギリスにまで30年後、追いかけて来た新聞記者に、犯人がいとも簡単に自白してしまう点は、納得し難いが、作者の構成力、想像力には感嘆。作者渾身の作品と感じる。 加害者、被害者の悲惨な人生には、涙を禁じえなかった。 |
「満願」 米澤穂信 新潮社 2018.8.10 推理小説6短編。NHK放映に加え、山本周五郎賞受賞、史上初のミステリーランキング3冠との事で楽しみに読むも、ギブアップ。三篇を読んで止めようと思ったが、頑張って四篇目を読むも、矢張り読み続ける気にならず。 最初に明かされた結末に至る意外性を綴る話。確かに、その意外性には驚かされるし、ストーリー作りに感心もするのだが、余りのこじつけ、不自然、無理が鼻につき、質の悪い作り話となってしまっている。硬質な切れの良い綴りが、緊張した展開が、無理、不自然さで台無しに。 「夜警」 妻を刺殺しようとするする狂暴夫を銃殺した交番巡査の狂言。 「死人宿」 溜まった火山ガスで毎年一人が二人は死ぬと云う温泉宿で、遺書の落とし物。自殺志願者探しの話。 「万灯」 思いも寄らなかった存在で「今、私は裁かれつつある」と始まる話。バングラデシュの天然資源開発で交通事故に見せかけた殺人。その三日後、証人を殺すため日本に向かう。 「満願」 懲役八年の刑期を終え出所してきた女が起こした貸金業の男殺害事件に係る血の飛んだ掛軸の謎を巡る話。 |
(本タイトルのフォント青色の書籍が、もう一度読みたい本
「日の名残り」 カズオ・イシグロ(土屋政雄訳) 早川書房 2018.12.9 今は亡き父から感じた偉大な執事の品格を目指すティーブンズは、新しい御主人から勧められたイギリス田舎西部地区のドライブ旅行の道すがら、長年仕えた亡きダーリントンへの敬慕、執事の鑑であった父との思い出、女中頭との確執、邸内出来事他、過ぎ去りし思い出を語る物語。 「偉大な執事とは、職業的あり方を貫き、それに堪える能力を持つ者。みずからの地位にふさわしい品格、自分の領分に属する事柄に全力を集中する事が大切」と人生をおくる上で重要なるヒントを与えてくれる。。 切った張ったの物語ではなく、淡々と過ぎ去りし日々の事が語られるだけなのだが、偉大なる執事に相応しい、領分に徹した生き方に感銘、感動を覚える名作。英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。 |
「スローライフの停留所」 内野安彦 郵研社 2018.7.10 著者は、役所勤務のかたわら、図書館情報大学大学院に社会人入学をする。役所を早期退職し、塩尻での新図書館建設指揮を執る。50歳半ばに20年ぶりの癌の再発。医者よりホスピスの早め予約を勧められ 治療を断念。のんびりゆったりの、のほほんとしたスローライフの生活に。結果、生涯外す事が出来ないとされた気管カニューレを外せた奇跡の復活を遂げる。今は、大学の非常勤講師、ラジオのパーソナリティを務める。 読者なりのオンリーワンのスローライフの発見のヒント、生き方を見直すヒントが見つかるかも。 |
「ぼんやりの時間」 辰濃和男 岩波新書 2018.7.25 筆者は、朝日の「天声人語」を13年担当した方なのだが、若い頃の南太平洋島々への取材出張で、島に漂う懶惰(らんだ)な世界を知り、体の中に、ぼんやりを楽しむ炎が燃え続けたと云う。 近代化、都市化は、便利に暮らす事を可能にした一方では、生きものの生存の基盤を恐ろしい勢いで破壊してきた。ぼんやりできる空間、時間を失い、どめどない心の破壊と向きあわざるを得ない状況に追い込まれていると云う。 何かが手に入るまでは、ひたすら耐えてこらえて駆け抜けるのか、ぼんやりする事、休む事、懶惰である事、閑な事、それらを楽しむ素晴らしさ考えさせられる。 ぼんやりする事こそが、創造の芽を育てる。生を大事にする要諦は、今日と云う日の、今と云う時間を、ゆったりと、のどやかに過ごす事、ぼんやりを楽しみながら生きる事だ。「足るを知る」が大切だといっても、果してどれだけの人が、知足の暮らしに入る事ができるか、等など珠玉の言葉が続く。 文明は人間の勝利でなく、意図的敗北の結果(岸田孫一)。怠惰は良いものだ(バートランソラッセル)とも。 昨今、デフォルトモードネットワークと、「ぼんやり」が脳に必要と、科学的に証明された新常識となっている。 |
2018.1月
「贖罪」 湊かなえ 東京創元社 2018.2.2 小学四年生の仲良し仲間、四人に加わった東京からの転校生の女の子が、殺される。犯人と思われる男と言葉を交わしていた仲良し仲間四人の、事件が未解決に終わった事に対する事件から15年間の贖罪の物語。 エドガー賞の最優秀候補に上ったとの事で、手に取った。確かに巧みな物語の展開にグイグイと引っ張られるが、何か物足りない。読ませると云う意味では候補に値するのだろうが、面白いと云う事だけでなく、心が揺さぶられるものが欲しい。 この小説を読んでいる最中は、ずっと、「隣人を愛し、人を許す事の大切さ」を思い続けさせてくれる。 |