「とっておきの手紙」
黒岩重吾
たちばな出版

2010.7.1
黒岩重吾は28歳の時、頭から足の先までピクリとも動かない全身麻痺の奇病に罹り3年の入院闘病生活をおくった。 その間、入院中他の患者と親しくなってしまった奥さんとも別れ、株の暴落もあり全財産を失った。借金取りから逃れる為、親の家も売る羽目となった。それから立ち上がってきた男の随筆集。闘争心で生き抜いてきたと云う。父、母を語る箇所は圧巻であるが、両親の生き方をそのまま受け継いで生きてきている。尊敬に値する生き方だ。
「号泣する準備はできていた」
江國香織
新潮社

2010.7.2
2003年直木賞受賞作品。表題の短編を含む12の短編集。直木賞選考委員の評価の高さで手に取ったが3篇の作品を読むのがやっとで後が続かない。3篇が3篇とも訳が分からない。この作家は、意図的に突然、関係の無い言葉を、フレーズを入れて場面転換をする。折角の盛り上がりが、それで萎えてしまう。小説は、嘘と思えない嘘でなくては、作りものと思えない作りものでなくてはならない。この人のは、必然の無い、関連の無い異物が繋ぎあわされたような感じが拭いきれず、見え見えの作りもので読み続ける気にならない。執筆の大先生の方々が褒めたたえるのだから私は何処か歪なのか。プロの作家の視る視点と、私の視点は違うのか。 
「山猫の夏」
船戸与一
講談社文庫

2010.7.5
1984年日本冒険小説協会大賞、1985年吉川英治文学新人賞受賞作品。南米のある街に山猫と名乗る男が現れたことから始まる冒険小説。山猫は、その街でことごとに対立反目し、殺し合いまでしていた相手方の家の一人息子と駆け落ちした長女を探し出して連れ戻す事を請け負う。最後には、両家の憎悪を掻き立てて、全面戦争を起こさせる。外浦吾朗の筆名での「ゴルゴ13」劇画原作者でもある。それだけでこの作品が如何に滅茶苦茶面白いかが分かろうと云う物。巧みな構想力、歯切れのよいテンポでぐいぐい引き込まれる。結末は十分予想されるのだが胸が熱くなる納得できる形で終わる。
「木枯らしの手帳」 
黒岩重吾
講談社文庫

2010.7.6
表題の短編を含め9つの短編集。唯一、短編小説の「海の童話」を除いて、作者の人生に関わってきた人々を綴った随筆と言った方がよい。本当に不可解な行動をとる女性群の出現には驚きだが、その行動に対する作者の対応には恐れ入る。作者の母を語った「或る戦士」を読みたくてこの本を手に取った。
「妊娠カレンダー」
小川洋子
角川書店(女性作家シリーズ22)

2010.7.7
1990年芥川賞受賞作品。姉の妊娠と云う日常でない日常を妹が日記形式で綴った作品。わざとらしいこねくり回している言い回しが不快。作者の思いが何にも伝わってこない。選考委員の評価が高いのが理解できない。作家の思いが伝わってこない作家を挙げろと言われれば直ぐにでも挙げられる作家は、女性作家ばかりだ。それも一人や二人ではない。言い回しを売文している。 
「向日葵の咲かない夏」
道尾秀介
新潮社

2010.7.9
一学期終業式を休んだ級友に夏休みの宿題を届けに行くと、その旧友は首を吊って死んでいた。そして、その旧友は蜘蛛になって生まれ変わるホラーミステリー。犬猫殺しに始まって不気味な事件が続く。どのように終わるのかの興味で読み進むが、最後に準備されたその謎解きにはすんなりとは腹に収まらない。他の作品を読もうとの気にはならない。 
「背徳のメス」
黒岩重吾
光文社(黒岩重吾長編小説全集1)

2010.7.10
1960年直木賞受賞作品。やくざや売春婦が患者の大半をしめる総合病院の産婦人科長が医療ミスでやくざのヒモが死んでしまい、そのやくざに恐喝される事となる。医療ミスでないとの偽証を強要される部下の主人公は正義感から科長と対立するが、当直の泥酔した夜、部屋のストーブのガス栓が誰かに開けられるというミステリー小説。文章に飾り、無駄がなく情景がサクッサクッと切り刻まれるように体の中に入って来る。文章力でしょっぱなから引きずり込まれる。底辺に漂う人間の姿が哀れみなく冷徹に描かれ胸にグサッと響いてくる。黒岩重吾は32歳の時、釜ガ崎ドヤ街に住まざるを得なかったのだが、そんな人にしか書けない作品。犯人探しの小説でなく人間描写に徹した作品としたらもっと凄い作品となっていたと思う。
「毎日が日曜日」
城山三郎
新潮文庫

2010.7.13
世界僻地で活躍してきた商社マンが50歳を前にして、社長や相談役の接待が主要な任務で社内では「戦列外」とみなされている京都支店長に配属され、鬱屈した日々を送る。一方、仲人役でもあるかっての上司は、喜色満面で毎日が日曜日の定年を迎えるが、する事もなく最後には元部下の最後の仕事を手伝う事となる。盛り上がりの無い展開で面白い本ではない。かといって男の生きざま、生き方を問うているとも思えない。
「残照」
北方謙三
角川文庫 

2010.7.14
ブラディ・ドールシリーズ第7弾作品。突然消えた女を追いかけてブラディ・ドールの街にやって来ると、二人のチンピラに囲まれ街を出ていけと脅される。読者を誘い込む術にたけた筋づくりで一気に読み進めるのだが、現実離れ過ぎている納得し難い生きざまがしっくりこない。
「老人と海」
アーネスト ヘミングウェイ
新潮文庫(福田恆存訳) 

2010.7.26
八十四日もの不漁にもめげず繰り出した老人が四日に亘る死闘のうえ巨大カジキマグロを釣りあげたが、港への帰途鮫に食い千切られていく。登場人物は老人と少年のみ、場面が海だけと云う限られたものにも拘らず飾りの無い、また迫力ある文体で一気に読ませる。巨大マグロをそのまま持ち帰り街の英雄になる展開だったら、この本はどう評価されたのかと思う。厭世なのか楽天なのか。
「暗殺の年輪」
藤沢周平
文春文庫

2010.7.28
「黒い縄」
藤沢周平、悲運時代の初期の人情時代物。妾殺しを追う元岡っ引きが実はと云う人情物語。読み始めて直ぐ、巧みな筋運びで、どう話が展開するか緊迫感が迫って来る。多様な登場人物、展開の意外性、兎も角面白い。1972年直木賞候補作、次作の「暗殺の年輪」が受賞作となる。私にはこの作品の方が数段優る。

「暗殺の年輪」
1973年直木賞受賞作品。家老からの暗殺指令を断るのだが、父の横死、母の秘密にまつわる私の恨みで仇を討つ事となる。最後まで緊迫感の中で読めるのだか終わり方も、味方の裏切りの結末が付いていない等、中途半端、母親を自裁に追い込む等、後味がすこぶる悪い。
「ジューク・ボックス」
村松友視
河出書房新社(ある作家の日常)

2010.7.29
五年前にスナックに譲ったジュークボックスが、もう一度自宅に戻ってくるところから始まる.。書き上げた原稿を編集者のミスで失くされてしまうと云うそれだけの設定で艶やかな上品な作品に仕上げている。すこぶる芸達者な作家。上品な語り口が良い。

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2010.7