2023.1月
 
「鬼女」
鳴海風
早川書房
「将軍家に尽くすべし」を家訓とし、6歳から9歳までの子供らへの厳格な教え「什の掟」と持つ会津藩。幕末期の京都の騒擾を抑えるべく、京都守護職となった会津藩主の護衛役に任命された武家の、幸か不幸か子として生まれた子供の辿った、そしてその子を会津武士として厳しく育てる母の物語。
薩長が官軍と称して会津に押し寄せる中、16になった息子は白虎隊に身を投じる 母親は、心を鬼にしてわが子を死ねと云って戦に送り出す。 
送り出すとき、埋葬料としての5両入った袱紗包みを子供に渡す件、生き延びる事より立派な最期を遂げる事を祈る件、息子が残した「16年の命 短くとも たらちねの母と歩みしもののふの道」の辞世の句を知り、死ぬ覚悟(死ぬ覚悟とは、死の寸前まで懸命に生きることが死ぬ覚悟)が出来てた事を知る件、古い古い良き時代の日本が蘇ってくる。

2023.2月 
「ヒカリ文集」
松浦理英子
講談社
突然前触れもなく劇団を去った劇団員ヒカリの思い出を、元劇団員6人の仲間が語る話。産経新聞書評欄で激賞されていたから読んでみたが、男と女が、女と女がひっついただの別れただの全くくだらない小説。


  
2023.3月 
「いのちの初夜」
北條民雄
勉誠出版
19歳でハンセン病を発病し21歳で癩病隔離病院に入院し23歳で亡くなった北條民雄の実話小説。
むんむんと膿の臭いが鼻を圧して来る施療院に、どれもこれも癩(くづ)れかかった人間というよりは呼吸のある泥人形患者が。足、掌、何もかも奪われて了って、唯一つ、生命だけが取り残されている。人間はもう死んで滅びて了って、ただ生命だけがぴくぴくと生きているだけ。しかし、施療院の付添人から「兎に角、癩病になり切る事が大切」と、「癩になった刹那に、その人の人間は亡びるのです。癩者に成り切って、更に進む道を発見してください。やはり生きて見る事だ」と諭される。 

「吹雪の産声」
北條民雄
生きる事も死ぬ事も出来ない。生と死の中間に挟まれて動きがとれなくなってしまった人間という外貎を失った生命。人間と云うものの孤独さ、頼りなさが骨までしみいる。赤子の泣声を聞いたことがない施療院で、嬰児の声が病室に一ぱいに拡がる。
 

2023.4月
「80歳の壁」
和田秀樹
幻冬舎
健康寿命は男が72.7歳、女が75.4歳。平均寿命は男が81.6歳、女が87.7歳(令和元年調べ)の今、30年以上高齢者医療に携わった精神科医和田医師による自由に自立した生活をするための助言。 
老いを受け入れ、出来ることを大事にする事が基本。80歳を過ぎたら我慢をしないと云う生き方。病気と共に生きる。80を過ぎた幸齢者は、癌になったら手術より、切るか切らないか、どちらが長生きできるかの判断が優先。「なってから医療で、予防薬は要らない」。この意味で健康診断は不要。薬を飲み続けるのは間違い。薬の我慢、食事の我慢、興味ある事への我慢は直ぐ止める。持っている能力はキープし続ける、この意味で運転免許返納は不要。心と体を動かすことがうつ病の予防になる。一日30分歩くのが理想。認知症は老化現象。脳トレより、楽しい事が脳に良い。
赤ん坊のように、最後は「ありがとう」と素直に受け入れていく事が幸せに繋がっていく。

2023.5月 
「警視庁草紙」上
山田風太郎
角川文庫
江戸が東京になったばかりの明治初期、創設まもない「警視庁」のポリスと、「江戸の守り」だった元・同心との、帝都を騒がす事件の裏での虚々実々、丁々発止の駆け引きの9短編連作物語。虚構上の人物と史実が交錯し、偉人・要人・警部・巡査・奉行・同心・岡っ引き・噺家・芸者・刺客・文豪・悪党・妖婦…ありとあらゆる人物達が、行き交い、入り乱れる。解説者の言の「文芸の最高峰に連なる偉大な小説」と云っても大袈裟でない。


 
2023.6月 
「私小説」
金原ひとみ 編
河出書房新社
文芸2022年秋季号特集、 金原ひとみ責任編集のテーマ「私小説」の競作8短編。全く話が頭に入って来ない尾崎世界観の「電気の川」、訳の分からない町屋良平の「私の推敲」他、読む値打ちなし。
「Crazy In Love」西加奈子 カナダで乳癌手術を受ける話
「神の足掻き」エリイ コロナ禍でのジブラルタルへの初の海外出張帰国時のPCR検査で陽性となりホテル隔離の話
「私小説、死小説」島田雅彦 私小説とは、死小説なのだと云う「死」と「私」をめぐる思索。理解できない展開。
「鉛筆」しいきともみ 人が自分を作り、自分が人を作る。人は、お互い教え合い、確認し合わなければ自分すら見失ってしまうほど脆い存在。
「ウィーウァームス」金原ひとみ 週三日は娘と旦那と、残る週四日を恋人と二重生活を送る作家の話。ウィーウァームスとは、ラテン語で、生きようではないかの意味。


「蛇にピアス」
金原ひとみ
集英社文庫
小学4年の時不登校、中学高校はほとんど行かず、20歳の時、本作で衝撃のデビュウ。2004年本作で芥川賞も受賞。
二手に分かれる細い舌の男に魅せられ、その男と同棲する。舌にピアスを入れ、刺青を彫ってもらったサディストの彫師とも関係を持つ。 陽の届かない、アンダーグラウンドの住人でいたい。子供の笑い声や愛のセレナーデが届かない場所はないものか。陽が差さない場所がこの世にないなら自分自身を影にしてしまう方法はないものかと。私の為に男を殴り続けた男と、私に強い殺意を持った男。どちらかが、いつか私を殺す事はあるだろうかと思う女のとんでもない物語。ヘドが出る話だが、不思議と魅了される。筆が立つ。


 
2023.9月 
「警視庁草紙(下)」
山田風太郎
角川文庫
西郷隆盛が征韓論に敗れ、野に下り鹿児島に帰る明治6年から、警視庁抜刀隊が西南の役鎮圧に向う明治10年の間の、この時期の主な暗殺未遂事件(岩倉具視事件)、反政府武力反乱事件(佐賀の乱、秋月の乱、萩の乱、神風連の乱)、巷で噂になった事件を題材に、元南町奉行及び元八丁堀同心の元幕府組が明治維新推進役の警視庁へのちょっかいを面白可笑しく書き綴った上・下巻あわせ、18話の連作話。警視庁草紙上巻こちら
当時の週刊実話を読んでいる感じで、維新革新時の世の混乱状況がよく分かる。兎も角面白い。なお、2001年、NHKで「山田風太郎からくりじけん帳」としてドラマ化もされてもいる。
山田風太郎は好きな作家の一人だが畏怖の念を感じる。


2023.10 
「反応しない練習」
草薙龍瞬
角川
ブッダの超・合理的考え方、あらゆる悩みが消えていく生き方を教えてくれる本。 
我々の悩みをつくり出すのは、”心の反応”である。「ムダに反応しない」生き方を目指せばよい。その為には、 
・反応する前に「まず、理解する」
 悩み、苦しみを作り出しているのは、”心の反応”。悩みの解決には、「ムダな反応をしない」事。
・良し悪しを「判断」しない
 「自分は正しい」という考えから離れてみる。「自分は正しい」に執着するのは、その時点で”慢”が生まれる。
 「人は人。自分は自分」。
 「自由な心を取り戻す」には、①一歩一歩と外を歩く②広い世界を見渡す➂「私は私を肯定する」と自分に
  語りかける。
・マイナスの感情で「損しない」
 「相手の反応は相手に委ねる」。「反応するな。まず理解せよ」。
・他人の目から「自由になる」
 「確かめようのない事は、放っておく」
・「正しく」競争する
 人生の大切な心構えは、慈(相手の幸せを願う心)。悲(相手の悲しみに共感する心)。
 喜(相手の喜びに共感する心)。舍(手放す、捨ておく、反応しない心)の四つ。これをまとめると「愛」の心。
 また同時に、五つの妨げ①快楽。②怒り。➂やる気の出ない心。④そわ落ち着かない心。⑤疑い、に気を付ける。
・考える「基準」を持つ
 正しい生き方、即ち、①反応せずに正しく理解する。仏教で云う、”正見(しょうけん)”。②悪い反応を浄化する。
 仏教で云う、”清浄行(しょうじょうぎょう)”。➂人々の幸せを願う。慈・悲・喜・捨の心で向き合う。

我々の心に深く刺さる本として知られているようだが、小生には、当たり前のことをクドクドと云っている感じと思えた。その当たり前の事が重要なのだが、重要な事は当たり前の事という事か。
2023.11 
「覇王の家」
司馬遼太郎全集34
文芸春秋 
6歳の時人質として三河を離れる幼少期の逆境、少年期、敵国の織田家や今川家で人質として過ごした苛烈さ、妻子をも殺さざるををえぬほどにむごい目に遭っている家康の生涯が書かれる。ただ、秀吉と家康の小牧長久手の戦いから、その後の関ケ原も大阪夏の陣には触れられず、家康引退後の話に飛ぶが、この章では家康の人となりが描かれ、新鮮で一番面白かった。
「足かけ268年を数える我が国の江戸時代の骨格を作ったのが徳川家康という人物の個性であった。家康は、独創性薄く生まれついていた。質朴、困難に耐え、利害よりも情義を重んずる三河かたぎが、のちに徳川家の性格になり、268年間日本国を支配したため、日本人そのものの後天的性格に様々な影響を残すことになった」、と筆者は断定する。


 
2023.12 
「ドラキュラ」
ブラム・ストーカー(唐戸信嘉)
光文社古典新訳文庫
ロンドンに地所を購入する客との商談で、ロンドンの弁護士がヨーロッパ辺境の荒れ果てた古城を訪れる事で始まる物語。その古城城主が吸血鬼ドラキュラ伯爵。ドラキュラ伯爵のロンドン行きを止める事ができるのか。
793ページに及ぶ大作。読み切るには忍耐が要るが、粗筋を知らなかったらさぞ面白いと思う。
解説によると、この作品の奥には、当時のイギリス社会が抱えていた重要は社会的背景があるとの事。
このドラキュラは、地質学、考古学、生物学の諸研究が聖書史観を解体し、キリスト教の権威が大きく揺らいだ時代に書かれた。
科学が説くような唯物論的世界を否定し、霊の存在を探求する魔術的な色合いを強く持つカトリックに対し、魔術的、迷信的なものを否定する合理主義や理性主義に基盤を置プロテスタント。
プロテスタンティズムや唯物論を土台とするイギリス社会の行き詰まり、視野狭窄を批判し、カトリック的真実への旅をも暗示しているとも。


「汝、星のごとく」
凪良ゆう
講談社
二度目となる2023年本屋大賞受賞作。直木賞候補作。
「月一度、私の夫は恋人に会いに行く」で始まるプロローグ。普通でないのに、何が穏やかな感じで物語が始まる。なんだ!と思う。好きだの別れるだのの青臭い恋愛もので読み続けるのも苦。
つきあって8年、男からは常に女の気配がする。私は、亭主に逃げられたお母さんを背負って島で生きていくと別れを決心し、お世話になった学校時代の子持ちの北原先生と結婚する。しかし、「私は愛する男のために人生を誤りたい」と島を出ていく。
そして「月に一度、北原先生は子供の母親、菜々に会いに行く」と始まるエピローグ。同じプロローグとエピローグ。この巧さには脱帽。


文豪ナビ「司馬遼太郎」
新潮文庫編

司馬遼太郎の作品は、人々に示唆を与え、進むべき道を示す羅針盤の役割を担ってきた。
司馬遼太郎は、己の作品を、戦後の時の虚しさ、絶望感を感じていた「22歳の自分への手紙」と。
戦争により日本という国に失望した22歳の司馬遼太郎は、飽くなき探求心で日本の歴史と伝統文化を学び、日本と日本人が培ってきた民族性や特性、志、情緒溢れる美の表現を見つけ出した。
歴史の面白さを追求した胸が高鳴る恋と死闘の伝奇小説「風神の門」
剣に命を燃やし尽くした男の物語「燃えよ剣」
一人の忍者が辿る奇妙な運命を独特の人生観で綴る「下請忍者」
夫婦愛で戦国を生き抜く山之内一豊「功名が辻」。織田、豊臣、徳川に仕え、生き延びたのは一豊しかいない。
差別は、よほど自己に自信がないか、自我の確立ができていないか、自己に誇りを持てずにいるかである。
他人の痛みを感じられる心を養うことで自己が確立される。
生死などは取り立てて考えるほどのものでない。何をするかという事だけだ(坂本龍馬)。
天下の事から嫁姑の事に至るまで、矛盾に充ちている。その矛盾に即時対処するには、自分自身の原則が要る。その原則を見つけ出す事が、学問の道(峠)。
信念を貫き事が、「美を済(な)す事。「美を済(な)す」それが人間が神に迫り得る道である(峠)。
人は立場によって生き、立場によって死ぬ(峠)。





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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、もう一度読みたい本

2023