読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、もう一度読みたい本

「四十八人目の忠臣」
諸田玲子
毎日新聞社

2017.1.7
赤穂浅野家藩主、浅野長矩の正室、阿久利の侍女が、赤穂浪士事件の後、浅野家再興と浪士らの遠島となった遺児の赦免とに己を捨て力を尽くす物語。

誰もが知る忠臣蔵物語を、赤穂藩の江戸屋敷奥女中が、四十七士の一人と恋仲になったり、赤穂浪士事件後は、吉良邸奉公から始まり、最後には、後の将軍の側室となり、遂には、御腹様と将軍の母となる、女でなければできない、女だからこそできる忠義の貫き方の話しに変えるのは、女流作家しか描けない面白さ。

徳川15代将軍の内、将軍の子は、秀忠の正妻が産んだ家光のほかは、みな侍妾が産んでいる事からして、正に歴史の裏に女あり。

 
「聖(さとし)の青春」
大崎善生
講談社

2017.1.13
2000年、新潮学芸賞受賞作品。

3歳で、幼児難病ネフローゼを発症。3歳から死と隣り合わせの人生。療養所病院のベッドの上で、将棋と云う不思議なゲームと出会い中学1年生でプロを目指す。最高峰リーグ「A級」で、東に天才羽生、西には怪童村山と呼ばれ、奮闘のさなか29歳という若さで生涯を終えた天才棋士、村山聖の物語。

村山は云う、「何もかも一夜の夢。将棋は勝か負けかの世界。誰も入り込めない神の世界」と。

将棋仲間から、「あんなかわいい奴、あんなに面白い奴、あそこまで純粋な男がいるだろうか」と云われ、また、羽生からは、「命を懸けて将棋を指していると感じていた」と。

これほどまでに凄絶なる人生を全うした男は居るのだろうか。本人の信念、不屈の精神に圧倒される。

  
「八重子のハミング」
陽信孝(みなみ のぶたか)
小学館

2017.1.17
副題に、「四度の癌手術から生還した夫がアルツハイマーの妻に贈る、三十一文字のラブレター」と。

過去の記憶を失い、言葉を奪われ、トイレの始末をする事も、自分で食べる事すらできない 娘の名前も顔も全て忘れ果て、わずかに夫の顔がわかるのみ。口に入るものは、すべて、自分の大便すらも口にするアルツハイマーの妻への、十一年間の、「決して怒らず、叱らず、声を荒げず、穏やかな言葉で話しかける」元萩市中学校校長による、看護、闘いの記録。

90歳のお姑さんによる世話も含め、小学生の孫までも一緒に風呂に入ったりの世話の家族愛、そして、夫婦愛に感動。

信じ難い程の深い家族愛が生まれるのも、この奥さんが過去、家族に注いできた裏返しであって、「行いは、全て自分に還る」を思い起こされる。 

 

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「わたしを離さないで」 
カズオ・イシグロ
早川書房

2017.12.8
今は介護人となったキャシーが、自分が生まれ育った施設での仲間との交流を回顧する形で物語が進む。その施設の子供達の使命は提供で、この子らはどう生まれ、なぜ生まれたのかと謎で始まっていく。

そして、その子供達は、臓器提供の為に産み出され、普通の人間から複製された存在と明かされていく。

子供達は、提供を終えて死ぬだけの医学の為の存在だけでなく、普通の人間と同じように、人道的で文化的な環境で、感受性豊かで理知的な人間に育てられて、物語は進む。

文学史上のオールタイムベスト100に選ばれたノーベル賞作家と知らなかったら、最後までは、読み切れなかった事は確か。思わせぶりな曖昧な言葉で、何がどうなっているか、話が繋がらない。どうでもよい子供達の意味のない交流が語られ、何だ「この作家は」と云った感じ。

巻末の解説、「細部まで抑揚が利いていて、入念に編成され、我々を仰天させてくれるきわめて稀有な小説。切実さが胸を打ち、心を揺さぶる」とあるが、私の小説に対する読み方が間違えているのかと心配になる。

「あなたのなかのサル」 
フランス・ドゥ・ヴァール(藤井留美 訳)
早川書房

2017,12、28
ヒトの祖先の振る舞いの手がかりに、人と霊長類の行動の共通点を探る。人と類人猿を、他の動物と分けるものは、自己認識。他者への関心がゼロの社会には、いわゆる道徳性が完全に抜け落ちている。

いたわり、やさしさ、愛情、思いやり等などの振る舞いが、この地球が、猿の惑星にならずに済んだと知る事となる。我々先祖の振る舞いに思いを致し、自らを省みなくてはならない。

大変示唆に富んだ本。トランプおじさんにも是非に呼んで頂きたいもの。

「進化をめぐる議論は、性衝動、共感、思いやり、協力の観点から。トップに立てば、おいしい思いが出来る。それが支配の原動力。人は、生まれながらにして地位を求める動物。ボノボは、子孫を残すために最善の事をしているだけ。社会的な感情は、共感が核。感情は、人間の羅針盤。道徳的な意思決定を後押しするのは、いたわり、やさしさ、愛情、思いやり等などの感情。人間は、群れないと生きてはいけない。」

2017.12

「生きていくあなたへ」 105歳 どうしても遺したかった言葉
日野原重明
幻冬舎

2017.11.9
亡くなる半年前の、約1カ月にわたる日野原邸でのインタビューの記録。105年という人生の中で、日野原を支えたのは、「言葉」。読者一人、一人との対話の一冊。

読む者の心が洗われる珠玉の一冊。1ページ、1ページに、珠玉の言葉が綴られている。

死と生は切り離す事ができない一続きのもの。ただただ今生きている自分の命を輝かせていくこと。それこそが、死と一つになった生を生きると云う事。死で人生のすべてが終わるという感覚よりも、新しいものが始まる予感。

命と云うのものは、使える時間の中にある。

死の床で死を彫刻する事はできない。死に至る前に、その死の顔づくりがなされていなくてはいけない。

愛するということは、相手のそのままを受け入れて大切に思う事。

穏やかな物腰、感謝の笑顔、いたわりの言葉。自分の心をやわらかくする。

苦しい時、逆境の時にこそ自分の根源と出会う事ができる。

機械化が進めば進むほど、ますます愛を大切にする時代が来る。

偉い人とは、目に見えないものを沢山持っている人。

一歩を踏み出せば見えてくる景色が変わる。行動こそが不安を打ち消してくれる。

ただただ、「ありのままに」、「あるがまま」に、キープオンゴイング。

(新約聖書 ヨハネ福音書)
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ。

 

2017.11月

2017.10月

「騎士団長殺し」 第1部顕れるイデア編・第2部遷ろうメタファー編
村上春樹
新潮社

2017.9.20
高名な日本画家のアトリエ兼住居だったその家に越してきた男が、屋根裏で見つけた飛鳥時代の衣装を身にまとった「騎士団長殺し」というタイトルの絵」から引き起こる様々な不思議に出会う物語。そしてその不思議さは、谷をはさんで向かいの山に建つ白い邸宅に住む白髪の男によって増幅される。

プロローグは、顔のない男から、自分の肖像画を描くよう頼まれる事で始まるのだが、先ずその顔のない男に驚かされ、次から次へと謎が投げかけられる。イデアだ、メタファーだと分からないことだらけ。読み終わった時は、不快感に襲われる。

作中でひけらかされる小道具も、鼻につく。読む者を離さない術を心得た作家であるが、独り善がりの不誠実な作家と断言したい。ノーベル賞候補と騒がれる事が不可解。

2017.9月

「春に散る」上・下
沢木耕太郎
朝日出版

2017.8.15
世界スーパー・ライト級チャンピオンを目指してアメリカに渡った男が、夢も果たせず、40年振りに日本に帰る。かつて一緒に世界チャンピオンを目指して四天王と呼ばれていた拳闘倶楽部仲間を訪ねる。

世界チャンピオンになれなかった自分の人生に対する了解の仕方を探る男の物語。

「人間と云うものは、本質的に無限に自由で、無限に孤独なもの。何かを手に入れるためでもなければ、何かを成し遂げるためでもなく、ただその場に止まりたくないという思いだけで歩き続けてきた」とあるが、多くの人に当てはまる事なんだろう。また、「自分に心を残すべきささやかな場所がある事が幸せな事」と。大きなヒント。

読み物としては、こ練り上げ過ぎでイマイチ。 

「維摩経を読む」
長尾雅人
岩波書店

2017.7.1 
読むのが10年早過ぎた。

保守的、守旧的考え方が小乗仏教に対し、釈尊の教えを進歩的に、自由に理解するのが大乗仏教。大乗仏教の特色は、第一に進歩的、自由な解釈、第二に、自利から利他へ。他人への奉仕が最も大事。第三に、一般大衆の宗教。云わば宗教改革。

大乗仏教の一番最初のものが、般若経。色即是空の色とは、ものの事。ものはそのまま空である。空即是色。その何もない空っぽのところに、ものがある。ものがすべて空であることを見るような智恵が般若。般若経は、般若という最高の智恵を以て、世界の空である事を説く経典。

維摩経も、古い大乗仏典の一つ 維摩居士という在家の人が説いた経典。経典とは、釈尊の教え、言行録。

釈尊の教え、四聖諦、四つの聖なる真理。苦、集、滅、道の四つの真理。

 
「犯罪小説集」
吉田修一
角川書店

2017.7.20
世の耳目を集めた事件を吉田修一流に眺めた五つの犯罪小説集。

「青田のY字路」 日本に出稼ぎにきた母親に呼ばれて来日した息子の、周りから理解されない境遇が引き起こした女児行方不明事件。

「曼珠姫午睡」 三角関係のもつれで店の客に内縁の夫殺しを依頼したスナックのママ保険金殺人事件。

「百家楽(ばから)餓鬼」 バカラ賭博で何億もの借金を重ねる大企業御曹司の話。

「万屋善次郎」 いがみ合う老人たちの集落で起きた六名惨殺事件。

「白球白蛇伝」 覚せい剤に溺れる元プロ野球選手の話。
 
起こるべくして起きた事件の裏に潜む当事者しか分からない哀しさが見事に語られ引き込まれていく。 

2017.7

「公然の秘密」
阿部公房
新潮文庫

2017.6.10

1974−1983のロッキード事件、日航機ハイジャック等、混乱と狂騒の時代に生まれた17編のの短編集。

「五郎八航空」筒井康隆 月刊誌記者とカメラマンが東京から離島の無人島を訪れ、台風接近で止む無く、百姓のおばはんが操縦する飛行機で帰る話。

「長崎奉行始末」柴田錬三郎  長崎港に浸入したイギリス軍艦による人質事件で、日本国の面目を保つために命を捨てたオランダ人との双子の混血児の話。

「花の下もと」円地文子 主人のイロごとの見張り役迄もやる、歌舞伎役者の家に仕え続けた一人の女の生き様。

「公然の秘密」阿部公房 掘割から這い上がった痩せ細った、半ば腐った小象が、古新聞のように燃え尽きた。

「おおるり」三浦哲郎 消防屯所の裏庭で飼われているおおるりの鳴き声が、市民病院で寝たきりの病人たちを慰める。

「動物の葬禮」富岡多恵子 ある日、娘が、同棲していたらしいキリンと呼んでいた若い男の死体を指圧師の母親の家に運んでくる。

「小さな橋で」藤沢周平 賭博に手を出し店の金を使いこみ妻子をおいて家を出た父、妻子持ちの男と駆落ちする姉を持つ10歳になる男の子の物語。

  
「仏教の真実」
田上太秀
講談社現代新書

2017.6.20
「宗教は神を信仰するが、唯一仏教は神を信仰しない宗教。霊魂信仰の仏教の最大の問題は、霊魂の存在を否定している釈迦の思想から逸脱している事」と今の仏教界を弾劾している。

「魔訶般若波羅密多(悟りの智恵の完成)が仏道の第一義。仏教は、真理に目覚めた人、正しい人の道を歩む事を教えた人、ブッダになる教えを説く宗教」と教えられる。

「差別がなくなった時に本当の平和がある。人間関係の基本は、「尽くす事」と「愛する事」。世の中は、全てが依存し、相互援助して繋がっている。周縁和合して動いている。己を中心に考えて生きているという心の働きを捨て去れば、自然と心は安らぐ。人として守るべき道筋に従っていれば安らぎの境地(彼岸)に達する」とも。

 

2017.6

2017.5月

「二千七百の夏と冬」上・下
荻原浩
双葉社

2017.5.11
ダム建設予定地で、およそ二千七百年前と思われる少年の縄文人骨が発見される。そして、その側に、手を握り合った形での同年代の女性の人骨も発見される。

手を握り合って骨になってしまった推定年齢十五、六の十代の男女に、何があったのか。

物語は、女性新聞記者の現代の話と、縄文時代の少年ウルクの物語が交錯する形で展開する。ウルク少年は、父親がしてくれたように、病の弟に薬になる獣の肝を食わせてやりたいと、禁じられた南の森に立ち入った処罰で村を追放される。

本邦初の本格縄文時代小説との謳い文句だが、退屈な退屈な物語。読み切るのに苦労する。確かに、驚きの縄文時代の日常の有り様が、巧みに描かれるのだが、話の展開がない。

魂が朽ちないものとすれば、「縄文の若き男女は、この世が果てるまで一緒にいようと綿々と生き延びて、今に至り、その思いは、これからも続いていく」。

「魂萌え」
桐野夏生
毎日新聞社

2017.5.21
夫が63歳で、自宅の風呂場で心臓麻痺で突然、亡くなってしまう。葬式の当日、死んだ亭主への女からの携帯電話で、10年もの間、夫から欺かれていた事を知る事となる。

8年も連絡不在だったアメリカに行ったきりであった息子が帰国し同居を迫ってきたり、亡くなった夫の友人と思いもかけず不倫をしたり、一人で老いを生きていく話。    

最後まで面白く読めるのだが、異様で不気味で、毒々しい桐野ワールドが見られず残念。新聞小説と云う事もあるのであろう。

 
「木の都」 日本文学100作の名作 第4巻
織田作之助
新潮文庫

2017.4.10
第二次大戦の敗北、GHQによる支配。日本に激震が走った1944年から1953年の10年間に書かれた、次の15短編集。

織田作之助「木の都」/豊島与志雄「沼のほとり」/坂口安吾「白痴」/太宰治「トカトントン」/永井荷風「羊羹」/獅子文六「塩百姓」/島尾敏雄「島の果て」/大岡昇平「食慾について」/永井龍男「朝霧」/井伏鱒二「遥拝隊長」/松本清張「くるま宿」/小山清「落穂拾い」/長谷川四郎「鶴」/五味康祐「喪神」/室生犀星「生涯の垣根」。

名作とあるものの、良いと思うのは、何度でも、読みたいと思う、五味康祐「喪神」と、しっとりとした味わいのある豊島与志雄「沼のほとり」ぐらい。

「白痴」坂口安吾 戦争末期、空襲のなか、部屋に逃げ込んできた白痴の女を守って逃げていく男の話。堕落論の小説版。 

「トカントカン」太宰治 自死前年の作品。トカントカンと遠くから聞こえて来る幽かな音で、やにわに何もかも変ってしまい身動きが出来なくなり困っている男の話。戦後の日本人への深い嫌悪と絶望感が語られていると解説されている。

「羊羹」永井荷風 銀座裏の小料理屋で働いていた男が、思わず金まわりがよくなり、昔の主人に挨拶に行くと、戦前と変わらぬいい暮らしをしている事を知る話。

「沼のほとり」 豊島与志雄 兵営の息子に会いに行った帰り、難儀した時、一夜泊めてくれた沼のほとりの女を訪ねる女の話。 

「食欲について」 大岡昇平 戦地で、食物に異常な執着をしめす温和実直な男の話。

「朝霧」 永井荷風 結婚の説得で、大学の学友の良心を訪ねる。 

「遥拝隊長」 井伏鱒二 戦後も軍人と錯覚して奇異な行動をとる元陸軍中尉。

「くるま宿」 松元清張 人力車の車宿の、元直参車挽きの男の話。 

「海の見える理髪店」
荻原浩
集英社

2017.4.20
何気ない日常が綴られた6短編。作者の秘めた思いが行間に漂う哀感に魅かれる。

「海の見える理髪店」 海辺の小さな町の理髪店に来た、若いお客に主の来し方を語る。お客の頭の小さな傷を見つけ、その傷は、子供の頃に、家の庭のブランコから落ちた時のものだと。

「いつか来た道」 男との付き合いを反対され家を出た娘が、痴呆になってしまった、嘗て躾が厳しかった母を訪ねる。哀愁漂う、気分が良い作品。

「遠くから来た手紙」 仕事一途の夫に愛想をつかし家を出た女が、実家に置いて来ていた夫との嘗ての遣り取りの手紙を読みかえす。

「空は今日もスカイ」 小学三年生の少女は、母の勝手がもとで家出。父に虐待されている男の子と遭遇。親の勝手で行き場のない子供達の話。  

「時のない時計」 形見分けの父の時計の修理で、古ぼけた時計店を訪れる。その時計店で、子供が生まれた時間、亡くなった時間、妻が家を出ていった時間等、様々な時を告げる止まったままの時計の話。

「成人式」 一人娘を15歳で喪った夫婦が、悲しみのメーターを、大きく振り切るため、娘が出席する筈の成人式に夫婦二人で着飾って出る。

   

2017.4月

2017.2月

「路(ルウ)」
吉田修一
文春文庫

2017.2.1
春香は、学生の時のたった一週間の台湾旅行で出会った青年への思いを胸に、入社4年目で台湾に出向する。一方、その青年は、神戸震災後、彼女の事が心配で神戸を訪れ、そのまま日本にて働く事となる。二人のすれ違いの物語が、日本企業連合が逆転受注に成功した台湾新幹線工事進捗に併せ進行する。

台湾で生まれ戦後引き揚げた老人の60年振りの台湾訪問の物語があったりと、日台の人々のあたたかな絆が、しっとりと描かれていく。

作者は、本作品を 「台湾の土地と人に魅了され、そんな台湾へのラブレター」と云うが、台湾の季節感や匂いが漂い、台北の屋台で美味い物が食べたいなぁと思わせる作品。

ストーリー作りの巧さに感嘆。

    
「初恋温泉」
吉田修一
集英社

2017.2.10
表題作を含めた5短編集で、温泉を舞台とした曰くありげな男女の物語。

「初恋温泉」 突然離婚を切り出した妻が、その気持ちを語る。
「白雪温泉」 一枚隔てただけの隣りの部屋の男女からは、ことりとも音がしない。沈黙の饒舌さと出会う男女。
「ためらいの湯」 妻を裏切り、夫を裏切りながら元同級生と不倫をしている男女。
「風来温泉」 保険の外交員という夫の仕事に不満を持つ妻と来るはずだった温泉宿に、一人きりで来ることになった男。
「純情温泉」 高校生の分際での一泊の温泉旅行。

軽く軽く読めるので軽妙洒脱と思ったら大間違い。「男と女って、スタートからすれ違ってるの」と、男と女との気持ちのズレを巧みに扱った秀作。

「堕落論」
坂口安吾
集英社文庫

2017.2.25
「堕落論」、「続堕落論」、「日本文化私観」、 「恋愛論」、「不良少年とキリスト」、 「FARCEについて」、「文学のふるさと」の七随筆、評論と、 「風博士」、「桜の森の満開の下」の二小説。

襟を正して字句を追って読まねばならない。堕落論、続堕落論では、「武士道は、人間の弱点に対する防壁である。天皇制、天皇の尊厳というものは、常に利用者の道具にすぎない」と武士道、天皇制をこき下ろし、「人間は生き、堕ちる。その事以外に人間を救う近道はない」と。「人間の、人性の正しい姿とは、欲するところ素直に欲し、厭なものは厭と言うそれだけの事」と。ただ、「人間は堕ちぬくには弱過ぎる」とも。

「京都の寺や奈良の大仏が全滅しても困らない。仏は、何ぞや。糞カキベラだ」(日本文化私観)。「親がなくとも子は育つはウソ。親がなきゃ、もっと立派に育つ。人間は生きる事が全部である。死ねばなくなる」(不良少年とキリスト)等など、逆説的表現にハッとする。「風博士」、「桜の森の満開の下」は、何度読んでも残念ながら理解できない。

坂口安吾を理解するキィは、「風」と「ふるさと」だ。安吾は云う、「外部から吹き来る風に裸のまま吹きさらされる状況が絶対の孤独」。「孤独こそが、人の故郷」と。この言が理解できるまで何度でも安吾を読んでみよう。

ともかく、神経衰弱になるほど 自を突き詰めた作家。

2017.3月

2017.1月

「別れ霜」
杉本苑子
朝日文庫

2017.10.15

「こより印籠」 夫の仇と情を通じる女というものの不可解さの話。

「泣かぬ半七」 糞話で将軍家に直答をしてしまった三代続きの小普請の幕臣の話。

「椎の葉便り」 大奥づとめにでる身持ちのよくない女に係る彫金師と下絵師の話。

「別れ霜」 子供同士の争いでの闇討ちで脱藩逃亡した兄を連れ戻そうとする妹の哀しい話。 他4編の全8篇短編集。

小説作りの手本となるよう短編集。読んでいると、練りに練った筋運び 綴りの巧さで、プロのなかのプロの作家と感ずるのだが、何か一つ足りない。これが、杉本苑子だと云う杉本色がない。

   

2017.8月

「照柿」
高村薫
講談社文庫

2017.3.10

本庁に籍を置く現職刑事が、拝島駅のホームで飛び込み事故に遭遇し、現場から逃げ去った女に魅入られてしまう。その後、その女と東京駅で遭遇するが、その女と一緒にいたのが、かつて幼い頃兄弟のようにして遊んだ男だった。 

轢死した女はその幼馴染の男の愛人。事故現場から逃げ去った女も、幼馴染のダブル不倫相手。その女に魅入られた刑事が幼馴染と云う、事実よりも奇なる大変込み入った設定。幼馴染は、金属加工会社の熱処理工場で働く、炉の温度を火の色合いで判断できる熟練者。刑事は、身銭をはたいてやくざの賭場へも出かける一徹刑事。

刑事、幼馴染、そして女と、三人の運命が、溶鉱炉の如き臙脂(えんじ)色の炎熱の中で熔け合ってゆく。

作者は、訴えたい世界があるのだろうが、私には、二人の男が、一人の女に振り回される、ただのつまらない物語としか映らない。この人の作品は、もう読まないであろう。

「九十歳。何がめでたい」
佐藤愛子
小学館

2017.3.23
92歳の、「人生如何に生きるか、なんて考えた事もない。その場その場でただ突進するのみだった」と云う、大作家の最新エッセイ集。

「文明の進歩は、我々の暮らしを豊かにしたかもしれないが、それと引き替えに、かつて我々の中にあった謙虚さや感謝や我慢などの精神力を磨滅させていく。文明社会、この非人間的な進歩に追いつく力を失った老いぼれは、取り残され文句をいいながら、無駄銭ばかりを出さされると云う事なのか。次から次から妙なものを考え出して独りでエツに入っているのはやめろ。私の言う事を面白がって下さい」と。 

とにかく痛快、言いたいこと言って、縦横無尽に切りまくるとベストセラーなのだが、時代の変化についていけない老人の嘆きとも思え、私には退屈な話の方が多かった。