「兎の眼」
灰谷健次郎
新潮文庫

2010.9.1
新卒、新任女性教師が、塵芥処理所の長屋に住む臭い、汚いと蔑まされる子供たちの優しさ、意志の強さ、真剣さにぶつかってお互い成長していく様が飾り気のない文章で綴られた74年ベストセラー児童文学小説。自分のクラスに知恵遅れの子供一人を受け入れ、最初は戸惑っていた子供たちが、最後にはその知恵遅れの子供の面倒をみるようになると云った心洗われる場面が多く、多くの事を知らされ熱い共感を呼ぶ感動の作品。「弱いものが置いてきぼりになる」と云う今の世を痛烈に批判している社会小説とも云える。心寂しい時に慰められる本。
 
「杖下に死す」
北方謙三
文藝春秋

2010.9.7
大塩平八郎の乱を借りた、男の
生きざまの物語。天保の大飢饉
により米不足が深刻化する大阪に一人現れた剣の遣い手、幕府御庭番を統括
する勘定奉行の妾腹の子である事で謎を深めさせる工夫が緊迫感を高め最後
まで一気に読んでしまう。兎も角面白い。己に課したルールで、不条理な事、不
正な事に徹底して葉向かっていく、北方ハードボイルド時代劇版。

前回に続き、37冊の北方謙三自署入りの書籍をわざわざお届け頂
き感謝、感謝。「杖下に死す」のタイトルに惹かれページを開いたのが
悪く、読みかけの本を置いて最後まで読んでしまった。それ程面白か
った。続編の「独り群せず」もお貸し頂いた御配慮に深く感謝。また、
北方水滸伝読本、替天行道の焼酎まで頂いた。早く飲める体に戻す
励みにしよう。(上段写真の左から15冊が前回お借りした書籍、全部
で52冊)
「独り群せず」
北方謙三
文藝春秋

2010.9.9
2007年舟橋聖一文学賞受賞作。武士を捨て、料理人になりたいで終わった前編「杖下に死す」から20年余、我が添え木と頼んだ女将も亡くし、船場の料亭も息子に任せ、独り店をはじめる。時代は幕末、世の中が不安定な情勢の中、大阪の物流を守らんと、暗躍する商人たちと対峙し命を落とした筆頭与力の仇を討とうと、亡き父の佩刀を持ち出す事となっていく。気楽に生き、名もなく死んでいく筈が、生き続けるためにやらなければならない事のため、男である事を捨てないために立ち上がる。釣り、料理の場面と幅広く楽しめ、文句なく面白い。
 
「赤毛のアン」
L.M.モンゴメリー
講談社(村岡花子 訳)

2010.9.10
孤児院から男の子を引き取る予定だったが、ふとした手違いからやせっぽちで十一歳の赤毛の女の子がやってくる。その後は他愛もない事件の連続で少女向けのお話しが続く。すくすくと明るく育ち、大学への奨学金を、ただ一人獲得する程、高等学校では、最優秀の成績をおさめるが、育ててくれた小父さんの死で進学を止め育ての小母さんと育った村で二人で暮らす事となると云う温かい家庭小説。アン・シリーズ8冊のうち、主人公が11〜16歳の第一話のお話し。西洋文化の知識のない小生には、残念な事に単なる少女小説でしかない。
「罪と罰」(下)
 ドストエフスキー
岩波文庫(江川卓訳)

2010.9.12
金貸しの老婆を殺害し最後には自首するという、唯それだけの話。面白味は全くない。話が何ら展開するのでなく心理面の愚だ愚だとした叙述が続く、普通の小説と云うのでなく作者の目指すところが全く違うのだろう。父親の浮浪癖と酒癖で売春婦となった信心深い女性との愛に新しい物語が始まるで終わるが、これも全く中途半端。学生の夏休みの読書感想文を書くための推薦図書とのようだが理解に苦しむ。本が書かれた国の文化、歴史を知らない故に、援用する原典の深遠さを暗示していると思われる箇所を理解できない私の不勉強の酬い。
「坊っちゃん」
夏目漱石
新潮文庫

2010.9.14
松山の中学に数学教師として赴任した、べらんめえの江戸っ子坊っちゃんが悪玉赤シャツ、野だを退治する話し。維新の志士の如き烈しい精神で文学をの漱石の一気呵成な創作力(一週間弱で書き下ろしたとの事)から生まれた歯切れの良い文体で爽快感を感じる。正に格が違う。湧き出たかの如き言葉の見事さで何度でも読めるのだろう。
「聖域」
北方謙三
角川文庫

2010.9.15
ブラディ・ドールシリーズ第9弾作品。高校教師が消えた教え子を捜しにブラディ・ドールの街にやって来る。その教え子は、ブラディ・ドールのオーナーを殺す為の鉄砲玉として街の暴力団に雇われていた事で、思わぬ結末になっていく。10冊の長編シリーズも終わりに近づき、エンターテインメント小説の神髄と云ってもいいような面白さだ。色々な作家の本を読むにつけ、北方謙三の凄さを知る。最終章が楽しみ。
ふたたびの、荒野
北方謙三
角川文庫

2010.9.17
ブラディ・ドールシリーズ第10弾最終章作品。ブラディ・ドールの街の再開発の裏で暗躍する政界のドンとの最後の闘い。寝食を忘れるとは正にこの事。息もつかせず読ませる。シリーズ10作品は、第1、10作を除いて、各作品は、ブラディ・ドールの街に流れ着いた男が、それぞれ主人公で、その男の鮮烈なる生きざの物語だか、この最終章は、ブラディ・ドールオーナーが主人公の壮絶な殺し合いの完結編。血圧があがる。このシリーズは痛快無比。
「されど君は微笑む」
北方謙三
角川文庫

2010.9.18
約束の街シリーズ第6作品。街の支配者の血族の争いに、ブラディ・ドールオーナーの死んだ友人の娘が巻き込まれ、オーナーが助けにやって来る。娘はプロの殺し屋に狙われていた。約束の街シリーズとブラディ・ドールシリーズが、この6作で合体する。北方謙三のハードボイルドは、読み終わるたびにこの本こそが最高と思える面白さがあり、たまらない。怒りと云うものを決して誤魔化さず生きてきた男のぶつかり合いだ。何が男を成長させるのか、それはこだわりと言い切る。
 
「リア王」
シェイクスピア
岩波文庫(野島秀勝訳)

2010.9.20
リア王は「お前たちのうち、だれが一番、父としてのこのわしを愛しているか?言ってみよ」と、三人の娘に問う。次女を毒殺した長女も自害し、リア王を最後まで愛した末娘も獄死する悲劇の5幕の戯曲。 娘同士の相克という筋、登場人物も、娘三人とその夫、リア王の家来と少ないのだが最後まで退屈しない。目をえぐられて盲目になった家来に「目が見えていた時には躓いたものだ。今は良く見える」と云わせる。「生まれ落ちると我々は泣き叫ぶ。阿呆ばかりのこの大舞台に引き出されたのが悲しくて」と、ドキッとする台詞の連続だからだろう。戯曲は愚だ愚だとした説明がなく会話だけで話が進むのが良い。ただ、そんなにもてはす程の事は無い作品と思うのだが。品がない。
「告白」
湊かなえ
双葉社

2010.9.22
この本は6章から作られているが、最初に独立して作られたその第一章「聖職者」が小説推理新人賞を受賞。作者のデビュー作。2009年に全国書店員が選んだ一番 売りたい本、本屋大賞を受賞。デビュー作だから精魂込めて作られたのだろう。教え子にまな娘を殺された中学校の女性教師が、自らの手で犯人に処罰を与えようとする衝撃の物語。この章を書き終えた時点では、続きを書く予定がなかったが、続章、五章を書き加えて、この告白が出来上がっている。第三章までは、恐ろしい事実が唐突に語られ面白く読める。緻密な構成にも感心する。ただ、後半は時間繋ぎとしか思えない繰り返しで興醒め。無理やり付け加えた感。勿体ない。
「栄花物語」
山本周五郎
新潮文庫

2010.9.25
徳川十代将軍家治の混迷の時代の田沼意次親子、直参武士二人の物語。悪名高い賄賂政治の田沼意次が、先見性をもった近代日本の先駆者として孤独に耐え、改革を押し進めた不屈の人間として語られる。田沼意次を誹謗する戯文、落首を頒布した主人公への迫力ある吟味の謁見の場面での、田沼意次の物事に固執しない清廉潔白な人となりに惹きこまれる。一方、直参の二人の親友、その一人の婿入り先が決まると、何と婿入り先の女がもう一方の親友、主人公の情人だった、と云う思いがけない事態。この物語の展開を暗示する。娼妓との心中、意次の長男、意知の殿中での殺害という苛烈な末路を迎える。人間と云う奴は皆愚かなもの、生きると云う事は、それだけで悲惨なものだ。人間は常に自己中心だし自分一人だと云う事実も動かせやしないと悲しく語られる。感動の作品。読み終わった後、何かしらどんと重たいものが心に残る。こう云う重たい作品を読むと、その辺のチャラチャラした作家の作品はしんどくなる
「カディスの赤い星」(上)(下)
逢坂剛
講談社文庫

2010.9.27  
1986年直木賞受賞、1987年日本推理作家協会賞ダブル受賞作品。スペインから招いた著名なギター製作家から、20年前彼のスペインの仕事場を訪れた、ある日本人ギタリストを捜してほしいとの依頼を受けた事から事件が始まる。舞台は日本に止まらずスペインにまで拡がり、フランコ総裁暗殺反政府運動対治安警察の争いにまで巻き込まれていく。構成力と文章力で、この大長編を一気に楽しく読ませてくれる。別々に登場してきた筈の人物が最後には物の見事に絡まってくるのには驚きだ。見事。また、大変平易な文章にも驚き。
「忍びの国」
和田竜
新潮社

2010.9.29
2009年度吉川英治文学新人賞候補作品。天正伊賀の乱で知られる織田と伊賀忍びとの壮絶な争いの物語。痛快無比。幼いころから人を騙し、盗み、そして殺す事を是として叩き込まれた忍者伊賀者、おのれらは人間でないと伊賀を去っていく忍者、そして西国からさらってきた侍大将の娘に翻弄される主人公忍者、それぞれ個性豊かに魅力的に描かれ惹きこまれていく。織田軍と伊賀忍者との闘いも、その迫力に圧倒される。また、心を突き動かす衝動に真っ正直に生きる生きざまも爽やか。万点の娯楽作品。

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(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.9