「渇きの街」
北方謙三
集英社

2010.6.1
昭和60年度日本推理作家協会賞受賞作品。手形ブローカーの手先と
なるものの、気位、男の誇りを愚直なまでに押し通していく生き方を描い
た青春ハードボイルド作品。その身体ごとぶつけていく生き方に清々しさ
を感じる。愚だ愚だとした説明文などない、会話だけで、しかもそれが歯
切れのよい会話だけで話が進む北方謙三スタイルが、主人公の冷徹さ、
非情さを際立たせている。一気に最後まで読んでしまう。

北方謙三さん幼馴染の家内の中学校時代の同級生の方が、私が謙三
さん大フアンである事から、この度わざわざ謙三さん所蔵の「渇きの街」
に私宛の謙三さんの署名をして頂き、その本をお見舞いという事で送っ
て下さった。新聞の書評で「渇きの街」を読んだ記憶があり、是非に読み
たく無理をお願いしたもので、昨日届いたときは感激し一気に読んだ。
また、謙三さん自署入りの書籍15冊お貸し頂いたので、幸せにも当分
謙三さんワールドに浸ることができる。 (北方謙三「杖下に死す」)
 
「東京タワー」
江國香織
マガジンハウス

2010.6.4
ごくフツーの大学生と、夫もいる年上の女性との二組の恋愛の話。ウダウダと冗漫な話が続く。最後まで読むのに苦労した。どうも女性作家の中でついていけない人が多いのは何故かと思う。青臭いのだろうが、心に響くものがほしい。
「本覚坊遺文」
井上靖
講談社文庫

2020.6.6
1982年日本文学大賞受賞作品。利休の弟子、三井寺の本覚坊が、利休はなぜ死を賜ったか、なぜ一言の申し開きもせずに自刃したのか、そしてその最期の心境はどうだったを、利休と所縁のあった人々との会話の中で解き明かそうとするもの。本覚坊の遺文という形で綴られているが、その謙った言い回し、正に名文で字面を追う程度しか理解できなっかたが引き込まれて読んでしまう。作者はこの作品の30年前に「利休の死」という短編を書いているが、その思いを考えるだけでも、もう一度じっくり読んでみよう。手書き入力の電子辞書が大活役する。
「さらば、荒野」
北方謙三
角川文庫

2010.6.7
10の作品からなるブラディ・ドールシリーズの第1弾作品。第一作はブラッディ・ドールとの名の酒場のオーナーが主人公。サラリーマンである弟の失踪の謎を探って、地元有力企業、街のボス、裏の組織と渡り合う事となっていく。格闘シーンは、、紙面が突然映画のスクリーンになったかのごとくハリウッドアクション映画並み迫力。読みながら「良いね良いね」と喝采の間いの手を入れてしまう程、のめり込んで読んでしまう展開。100冊入りの「友よ静かに瞑れ」と良い勝負。
「碑銘」
北方謙三
角川文庫

2010.6.8
ブラディ・ドールシリーズの第2弾作品。ブラッディ・ドールの街に流れついた出所上がりの若い男が、実はブラッディ・ドールオーナーと支配人殺害を請け負っているというスリリングな展開で始まる。ハードボイルドの神髄は優しさだとの事だか、清々しい男の生きざまが読んでいてスカッと気分が良い。一気に読み切った。
「鬼謀の人」
司馬遼太郎
文藝春秋

2010.6.9
火吹達磨と陰口を言われるほどの異相の村田蔵六。「ふしぎな人物」と長州藩で重用されていく経緯と、第二次幕長戦争、彰義隊壊滅作戦での指揮ぶりが語られている。天才的軍略家であった奇人・変人ぶりが鮮烈にものの見事に描かれている。短編であるが中身が濃く、ドンと響いてくる作品。感動大作「花神」に繋がる。
「二流の人」
坂口安吾
ちくま文庫(坂口安吾全集5)

2010.6.11
自由奔放な生活をみんな自我流に組み立てた秀吉に、カサ(瘡)頭チンバ奴と呼ばれた黒田如水の活躍を描いた作品。第一話小田原北条征伐、第二話朝鮮進攻、第三話関ヶ原の三話からなる。媚を売らない、勢いのある文章でグイグイと始まり期待をしたが、第二話途中から人物評価に終始する感じの尻すぼまりで面白味が失せた。 
「雪国」
川端康成
新潮文庫

2010.6.12
雪国を舞台に文筆家と、2人の女性との情愛が哀しくも美しくも描かれた作品。当初二年にわたって書き継がれ、十三年後に更に加筆された作品。作者のノーベル賞授賞理由「非常に繊細な表現による日本人の心情の本質についての卓越な叙述に対して」を裏付ける如く、本作品も確かに読み進むのが惜しい様な美しい文章が続き、美しい情景が浮かんでくる。だが、面白いかといえば面白くはない。話も尻切れトンボで、消化不良の不満が残る。
「肉迫」
北方謙三
角川文庫

2010.6.15
ブラディ・ドールシリーズ第3弾作品。フロリダで妻を殺された男がその復讐の為、ブラディ・ドールの街に来るが、一人娘が攫われてしまう。読んで痛快とは、正にこの本だと。本を読んでこの種の感覚を覚えるのは稀な事ではないかと思う。
「秋霜」
北方謙三
角川文庫

2010.6.17
ブラディ・ドールシリーズ第4弾作品。58歳の画家がブラディ・ドールのボーイで殺された兄を持つ銀座の女とブラディ・ドールの街にやって来る。北方作品は、物語の終わり方でなく生き方、例えば己にルールを課した生き方、を問題にしている事が分かった。「友よ静かに冥れ」のコメントで最後の幕切れが不満と失礼な事を書いたが全く分かっていなかった。北方さんの考えがこの本に良く現れているので北方ファンでない方には是非にこの本を勧めたい。女性にも大満足頂ける作品だ。好きな100冊、例外扱いで同じ作家で2冊目。
「黒銹」
北方謙三
角川文庫

2010.6.18
ブラディ・ドールシリーズ第5弾作品。殺しを稼業とする男がブラディ・ドールの街にやって来た。北方作品にしては珍しく緩やかな展開。物語作りに走るより、作者の趣味に走り過ぎた感じ。
「黙約」
北方謙三
角川文庫

2010.6.20
ブラディ・ドールシリーズ第6弾作品。流れ者の腕の良い医者がブラディ・ドールの街に堕ちてきた。舞台のセッティングが同じで、これだけ違った出演者、これだけ違った展開がよく考えつくものだ。やはりハードボイルドは、こうでなくちゃと云う胸のすく展開。ブラディ・ドールオーナーの片腕、支配人の死が壮絶。人間は、死ぬために生きる。
「眠狂四郎京洛勝負帖」
柴田錬三郎
集英社文庫

2010.6.23
御所の美しい姫が行方知れずに。江戸から送り込まれていた密偵の旅籠に逗留していた眠狂四郎に、その探索が京都町奉行から頼まれる。作者は、小説は読者を驚かせなくてはとの姿勢から、作品を書く際には奇異さ、不可思議さを心に置いているとの事ゆえ、やはり思わぬ終わり方に充分満足。粋な計らいに和まれる。 
「忍法八犬伝」
山田風太郎
講談社

2010.6.28
安房里見家取潰しを狙う幕府の意を受けた服部半蔵の策略で奪われた里見家に重代伝わる「八つの白玉の珠」を取り返すために立ち上がった八犬士の末孫と伊賀の女忍者との熾烈な闘いが描かれた作品。奇怪、荒唐無稽、淫猥が流麗に綴られた痛快無比、一級の娯楽作品。兎も角面白かった昔の記憶は、再読しても裏切られなかった。 
「パーク・ライフ」
吉田修一
文藝春秋

2010.6.29
2002下半期芥川賞受賞作品。電車の中で間違って話しかけてしまった女性と公園で再会する。その女性との温かな交流が、母親、危機を迎えている夫婦の日常を交えて、描かれた作品。何かドラマが起きるわけでもなく、日常がさりげなく描かれているに過ぎないのだが、何故か透き通るように感じる文体で綴られていて心が和む作品。最近はこう云う爽やかな作品にお目にかかる事が少なく貴重な作品。
「エロティックス」
新潮文庫

2010.6.30
杉本彩選による短編官能小説集。田辺聖子、花村萬月、富島健夫、永井荷風、太宰治、中島らも、普光江泰興、岩井志麻子、団鬼六、杉本彩の短編と、谷川俊太郎、江國香織の詩。

「四畳半襖の下張」
永井荷風

通りがかりに買った古家の四畳半の、襖の下張から見つけた文反古を浄書すると云う形で書き綴られた春本。読み慣れない文語体であるにも拘らず、よどみなく流れ込んで来る。春本と蔑む勿れ。女の情、心理が真に細やかに、その言い回しを覚えたいほどに、流麗に描かれた文藝作品である。自由奔放に生き抜いたとしか思えない作者を心底羨ましく思ってしまう。書棚に残したい本である事には違いない。

「崩漏」
花村萬月

ヒモとなりそうな女と目星をつけたら、その女はシャブに浸かっているヘルス嬢だった。最後には、その女を中近東に売り払うと云うとてつもなくアウトローな話。畳み掛けてくるような筋運び、筆力には感心するが、私には生理的嫌悪感が先んじてしまう。

「ベアトリーチェ凌辱」
富島健雄
売文家のどうしようもない作りもの。こう云う物が印刷されること自体ナンセンスと思うのだが。

「雪の降るまで」
田辺聖子
経理事務員として服地問屋に十なん年勤めている七十、八十まで遊びたいと云う女と、京都材木業の男との京都の鄙びた料理屋での逢瀬を綴った短編。男と女のしっとりとした匂いが漂う作品で、大阪弁、京都弁の会話が巧みに作品を引き立てている。一片の言葉の無駄のない秀作。

読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.6

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