「さぶ」
山本周五郎
新潮文庫

2010.10.1
表具・経師の職人、栄二とさぶの二人の物語。腕も男っぷりもいい栄二が、まったく覚えのない濡れ衣を着せられて無宿人処分で、石川島の寄場送り三年の刑になる。鈍重なさぶの献身的な友情で栄二も立ち直る物語。「何の咎もねえ者を罪人にし、半殺しのめにあわせたあいつらに思い知らせやる」の復讐の鬼から、世の中から蔑まれた寄場の人足との人間どうしのつながりあいを通じて立ち直っていく姿に感動。栄二の侠気には涙が出てくる。感涙に咽ぶというやつだ。全作品を読んでやろうと云う気にさせる作品。山本周五郎は小学校3年の時、先生から「君は小説家になれ」と云われたと云う。小説家になるべくしてなった人なのだろう。

「のぼうの城」
和田竜
小学館

2010.10.3
2008年直木賞候補作品。武州忍城、当主成田氏長の意志に反し、「武ある者が武なき者を足蹴にし才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す。わしだけは嫌じゃ」と、でぐの坊の「のぼう様」と呼ばれても泰然としている城代成田長親が、兵力五百騎余りで石田冶部少輔三成を総大将とする軍勢二万余りの秀吉勢に歯向かう物語。出典解説が多く、筋の展開とは関係のない歴史読本になってしまている箇所が勿体ない。この小説のポイントである、のぼう様と呼ばれる逸話話を多くしたりする等、作品作りに徹したらもっと面白くなったと思うのだが。好きな小説家を一人見つけたと云う感じ。

 
「学問」
山田詠美
新潮社

2010.10.4
女性の性をテーマとした小説。東京から引っ越してきた7歳の女の子。家の裏山で探検中、「お漏らし」を初対面の級友に見られるところから始まる。「おれのは、しょんべんだけど、おまえのは、おしっこだから」泣くことなんか、ねぇと慰められる。見事な出だし。グンと読者を惹きつける。吟味された一言一句がサラッと綴られる。仲良し組四人の交流の中で性がほのぼのと語られる。終わり方の巧さと云い、物語四章の各章が、仲良し組それぞれの訃報で始まる、驚きの構成等、大変手の込んだ作品で小説作りに精魂込めているのが伺える本当に芸達者な作家だ。

「篝火の女」
吉川英治
第三文明社

2010.10.5
女の道の尊さを説く「篝火の女」「太閤夫人」「細川ガラシャ夫人」「牡丹焚火」の四篇。太閤夫人、細川ガラシャ夫人は
昭和十五年主婦之友に載る。この二作品は昭和十七年全国書房から日本名婦伝としても出版された。

「篝火の女」
戦国末、上杉と北条の厳しい戦いの中を一筋の恋を貫く女の強さを描く作品。サスペンスの謎解きのような仕掛けられた巧妙な罠が最後に。正に端正な綴りの達人の作品。

太閤夫人
寧子十六才の時から、小頭木下藤吉郎との祝言、近江長浜城主奥方、そして大阪城北政所と死ぬるまで太閤の愛に抱かれた女の一生の物語。


細川ガラシャ夫人
叛逆者明智光秀の二女迦羅奢は、伯父の係累、母方の血筋縁類の一族、殆どみな謀殺され尽くしたなか生き残り、山の尼寺で二年ほど寂しく暮らす。秀吉の「改めて媒酌をしてとらせる。生まれ変わった者として山より迎え娶るがよい」との計らいで細川忠興の許に戻るが、関ヶ原合戦の際、光成の策謀で自死するまでの数奇な運命の物語。美しさと何とも言えない淋しさが漂う作品。女性を描いても天下一品の吉川英治。ただただ感嘆するのみ。

「牡丹焚火」
牡丹園の娘は、年に一度、牡丹薪を貰いうけに来る騎馬の若侍の凛々しさに、その心が揺さぶられる。娘の命がけの女の道と、悪家老一味を倒して藩をまもろうとする若侍の武士道との切なくも激しいぶつかり合いの物語。短編故なのか筋の展開が少し短兵急。

「憂国」
三島由紀夫
河出文庫(「英霊の聲」に収録)

2010.10.6
二二六事件突発。第三日目夜、親友の叛乱軍の奴らを討ちに出かける訳にいかないと軍刀を以って割腹自殺を遂げる中尉、そして夫人も夫君に殉じて嫁入り道具の最も大切な懐剣で自刃する烈夫烈婦の凄惨なる物語。華燭の典を挙げしより半歳に充たざりき享年、夫30歳、夫人何と23歳。三島本人、三島の小説から一編をと云われたら、この「憂国」と答えている。これだけ、美しく、悲哀に満ちた、官能的な小説は余りお目に掛かれない。この作家とは、あまり肌合いが合っていなかったがもっと読んでみよう。

「東京タワー」
リーリー・フランキー
扶桑社

2010.10.7
2006年本屋大賞ダントツの受賞作。ボクに自分の人生を切り分けてくれたオカンの半生を綴った物語。四歳のときにオトンと別居、筑豊の小さな炭鉱町で、ボクとオカンは一緒に暮らす。やがてボクは上京し、東京でボロボロの日々。還暦を過ぎたオカンは、ひとりガンと闘っていた。「東京でまた一緒に住もうか」で、東京で15年振りに母子二人でで同居を始める。本人からオカンに主人公が移ったあたりから俄然面白くなる。筆使いの巧さ、挿入される言葉の重さで飽くなく読める。ユーモアもたっぷりで声をあげて大笑いできる。これだけ笑ったのは漱石以来だ。再度の入院、手術あたりから涙なしでは読めない。「たとえ姿かたちはなくなっても、その人の思いや魂は消える事は無い。手を合わせて、その声を聞きたいと願えばすぐに聞こえる筈」が心に残る。私も母を亡くした時、涙が止まらないのではと心配したが、まさにそのように思えた事、鮮明に思い出す。

「日本婦道記」
山本周五郎
リブリオ出版

2010.10.8
1943年直木賞推薦作品。但し受賞辞退。誰にも知られず、形に遺る事も無いが、柱を支える土台石のように何時も陰に隠れて終わる事のない努力に生涯をささげている烈女節婦の十一編の短編集。彼女たちの想いの原点は、富貴と安穏が得られても、何の意義があり満足があるのか。人間の欲望には限度が無く更に次の富貴、安穏が欲しくなる。大切なのは、身分の高下や貧富の差ではない。死ぬ時に少なくとも惜しまれる人間になるだけの仕事をしてきたのか。夫のために、子のために生き抜き人間と生まれ生きてきた事が無駄でなかった、意義があったと自覚して死ぬ事が出来るかどうかだった。妻や母の、清々しいまでの強靭さと、凛然たる美しさ、哀しさがあふれる感動的な短編集。周五郎40歳の時の初期の作品。40歳の若さでこれだけ清んだ小説を書けるのは、小学校を出てすぐ山本周五郎質店に徒弟として住み込んだ労苦からだろう。吉川英治国民的文学作品も、異母兄と父との確執、小学校中退、様々な職業遍歴の痛みから生まれている。
「笄堀」(こうがいぼり)(同時掲載)
秀吉が唯一落とせなかった難攻不落の忍城の話。石田三成三万の軍勢を三百そこそこの兵で耐え武州忍城を護ったのは城主成田氏長妻女真名女の留守を預かったと云う妻の使命感だけだった。忍城の戦は多くの合戦記の中で特異なページを占める値打ちが判る。2009年本屋大賞第二位和田竜「のぼうの城」と同じ戦記でありながら全く違った話の展開。周五郎に軍配が上がる。

「虚空遍歴」上・下
山本周五郎
新潮社

2010.10.14
江戸で端唄の名人と評判を得るも新しい浄瑠璃の確立を目指して大阪、京都、金沢と、多くの人間から嘲笑され侮辱されながらも絶望することなく遍歴する物語。その苦悶の遍歴に、この世のものでなく前世に血で繋がっていたと信ずる若き芸妓が寄り添っていく展開。そして最後は、「支度が出来たから出かける事にするよ」と、苦労に報われる事無く誰にも知られず死んでいく。大変に重たく考えさせられる作品。主人公は正に山本周五郎自身であろう。作者自ら、この本は「一人の人間が自分の欲する仕事に全情熱を打ち込んでゆく人間の姿を書こうとしたもの」、 「大切なことは、その人間がしんじつ自分の一生をどう生きぬいたかで、こんにちを充分に生きること以外に人間の人間らしいよろこびはないのだ」と云っている。タイトルの虚空遍歴は、「世間の尋常な生活からはみ出してしまい二度とまともな暮らしに戻れない.。それでもなお生きていく。命と云う無形のものが人間を支配しているからこそ、いざり車に乗って残飯をねだる、他人の家のゴミをあさる。そこには、もう彼ら自身はない。虚空の何処かを彷徨っているのだ」とある。ただ、小説作品としては、子供だましのような助け船が時として出る必然のない展開があってしっくりこない。小説は嘘のような話は駄目、本当に思える嘘でなくては完成しない。

人間、ああ良い人生だったと終われるのだろうか。

「廃墟に乞う」
佐々木譲
文藝春秋

2010.10.17
2009年直木賞受賞作品。表題作を含む六連作短編集。担当事件がきっかけで、自宅療養中の北海道警の敏腕刑事が、持ち込まれた相談を解決していく刑事物語(「兄の想い」、「消えた娘」、「博労沢の殺人」、「復帰する朝」)。刑事に頼まざるを得ない相談だけに、そこには尋常ではない人生がある。刑事と云う特異な視点から人生の悲しみを抉っていく。人間の業と云った哀れさが漂う人情物語(「廃墟に乞う」)。残念な事に刑事物語だけに事件を解決せざるを得ず、犯人探しの段では、時として唐突な解決が違和感を感ずる(「オージー好みの村」)。 

水滸伝・一 曙光の章」
北方謙三
集英社

2010.10.18
水滸伝全十九巻、2006年司馬遼太郎賞受賞作品。12世紀初頭の北宋末期の中国、官吏の悪政による腐敗が著しく、腐った国との戦いに挑む、義に生きる百八人の好漢たちの躍動感溢れる波瀾万丈の物語。著者は書き始める前に、「想像力が及ぶ限りの壮大な物語を書きたい。この物語と共に滅びてもいいと覚悟する」と云い、五年掛けて九千五百枚を書き終えたその時、「思うさま物語の中で闘い、生き、これだけ続けられたというのは、まさに作家のしての本懐」と云いきっている北方謙三版水滸伝。これほど血を熱くし胸躍らせる小説は世界中探しても珍しいと外野席も云う。兎も角、無駄のない研ぎ澄まされた文章が続く。一旦読み始めたら北方謙三は止められなくなる。十九章からなる水滸伝の第一章。問答無用に面白い。いや、面白いを超えた感動巨編。個人、対、国の戦い、今後どのように百八人の漢(おとこ)振りが描かれるのか。後、十八巻、たまらなく嬉しいね。

「水滸伝・二 替天の章」
北方謙三
集英社

2010.10.19
宋王朝を倒し民の為の新しい国を作る為の、拠って立つ場所として、梁山湖に浮かぶ砦、山寨(さんさい)を梁山泊と名付ける。その砦に、天に替わって道を行う「替天行道」の旗を掲げる。この国を変える事ができるのか。夢がただの夢でなくなりつつある。その夢の為に闘う事が生きると云う事だ。

「水滸伝・三 輪舞の章」
北方謙三
集英社

2010.10.20
個人が国に戦いを挑む。宋政府軍八十万と称される軍にぶつかろうとしている。。古今の覇者と云うものは、たった一人の志から始めているのだ。闘いは長い、いつ果てるともない長い闘いが始まった。拠って立つ梁山泊に続き、国に挑む好漢の一人になるであろう宋建国の英雄、楊業の誇り高い血を継ぐ元禁軍将校の楊志が、禁軍とも袂を分かち叛乱軍の拠点の拡大となる二竜山を攻略。また、同志の女間者が叛乱軍頭領の妾に刺殺され、不気味な闇の闘いの始まりの予兆。それにしても壮大な物語が始まったものだ。漢(おとこ)と漢の義のぶつかり合いが、たまらない。グットくる。

「水滸伝・四 道蛇の章」
北方謙三
集英社

2010.10.22
官の腐敗と民の辛苦を見定める為、国をさすらう叛乱軍頭領。博奕で賭けた左眼を自分で抉り出した英傑、二匹の虎をこん棒で打ち殺す英傑達と出会い、志を説く。様々な出会いが「替天行道」を広めてゆく。

「水滸伝・五 玄武の章」
北方謙三
集英社

2010.10.23
戦いが始まった。梁山泊頭領が長江の小さな中州の砦で包囲された。官軍と梁山泊との最初の激戦。梁山泊同志三千の仲間が、兵力二万の官軍包囲軍と交戦。駆けつけた梁山泊騎馬隊の援軍で官軍を蹴散らす。官軍側に寝返った、旅芸人一座を率いる元梁山泊女間者の手引きで、青州二竜山の叛徒頭目、楊志の暗殺が企てられ、開封府闇軍隊長自ら率いる百五十名が動員された。楊志は、一人で百名ほどを斬りたてるも壮絶な戦死を遂げる。大地の全てを埋め尽くした官軍五万の兵が二竜山に取りついた。梁山泊部隊の後方撹乱もあって、二竜山、桃花山両大将の身を挺した奮戦で両山は守られた。北方謙三さん、楊志の敵討ちを忘れずにお願いしたい。

「水滸伝・六 風塵の章」
北方謙三
集英社

2010.10.24
梁山泊の北に双頭山、東に二竜山、桃花山、清風山。もともとは賊徒の巣であったが、今では梁山泊同志となった勇猛な頭目が率いる頑強な山寨となり、この三拠点で大きな三角の形をつくりだした。その真中に北京大名府の大軍、三万が入り込んできた。青州の将軍から梁山泊同志に加わった秦明将軍が一千弱の清風山の兵で撤退させる。梁山泊頭領の国を見極める旅も、残された地区は北方面だけと少なくなったが、頭領宋江他四名の一行は、太原府の山中で開封府闇軍、三・四十名に包囲される。絶体絶命。
 
「水滸伝・七 烈火の章」
北方謙三
集英社

2010.10.25
梁山泊頭領、宋江五名の一行を包囲する官軍兵は一万六千。石積みの術、罠で何とか持ちこたえる中、「豹子頭林冲、見参」の雄叫びに待ってました。血湧き肉躍る。救出された一行は、国を見定める旅を終わりとし梁山泊を目指す。英傑一人の死で無事到着。少華山、九紋竜史進も、梁山泊に合流する。一方、開封府参謀に憎っくき知恵者、聞煥章が加わり、更なる闇の戦いが不気味。独竜岡に官軍の拠点が密かに作られた。始めての最大の闘いが始まろうとしている。(本日、癌センター入院。好きな時、好きなだけ寝、真夜中だろうと何時でも好きなだけ本を読める。病院も極楽)

「水滸伝・八 青龍の章」
北方謙三
集英社

2010.10.27
英傑の内で最初に開封府闇軍に暗殺された青面獣、楊志の敵討ちが何時か何時かと気を揉んでいたら、何と開封府闇軍により、その敵討ちが果たされる。作者に裏の裏を掛かれる悲惨さ。憎さ百倍の開封府闇軍。遂に戦いが始まった。叛乱軍は犠牲者を出さない負け戦を工作し、北京大名府・東京開封府・南京応天府の連携出動十万の官軍にたいし最終的に独竜岡の戦に勝つ。圧巻。多くの英傑の死を伴う。一方、死んだはずの妻が生きているとの報を聞き、林冲はひとり戦線から消える。
 
「水滸伝・九 嵐翠の章」
北方謙三
集英社

2010.10.28
林冲は、女ひとり救えなくて何の志か、何の夢かと、ひとり戦線を離脱し妻の救出に向かう。開封府郊外で妻らしい人影を見つけるが、林冲暗殺の為、林冲を誘い出す罠だった。重傷を負うものの駆けつけた英傑の助けで梁山泊に戻る事ができた。梁山泊の経済的支柱の闇の塩の道を全土に作り上げた慮俊義、他が危機に陥るが英傑の出撃で救出される。英傑のぶつかり合い、涙で文字が霞む。

「アイム・ファイン」
浅田次郎
小学館

2010.10.29
痛快無比。縄文人、アナログ人と尊敬できる浅田次郎の真骨頂。表題作を含む40篇の快哉な随筆集。JAL機内誌に7年に亘って掲載されたもの。父祖の誰でもが抱いていた廉恥の覚悟が失われていく今の世相を痛快に批判。心が荒んだ時、書棚から取り出し、好きなところを開けば励ましてくれる事請け合い。今年、全著作を読みたいと思った二人目。一人目は山本周五郎。 

 


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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.10