「鉄道員(ぽっぽや)」
浅田次郎
集英社文庫

2013.8.4
1997年直木賞受賞作品。哀しい人間のサガが心に響く8短編。鉄道員は二度目。
鉄道員(雨の日も雪の日も、幌舞のホームで乗客を送り迎えする駅長の話)
ラブ・レター(裏ビデオ屋の雇われ店長が、偽装結婚した相手の中国人女性から死ぬ間際に手紙を貰う話)
悪魔(母が、情を交す自分の家庭教師を悪魔と見立てる話)
角筈(つのはず)にて(8歳の自分が、女と遠くに行く父親に捨てられる話)
伽藍(ブティックの女店主と、ファッションメーカーの営業部員の話)
うらぼんえ(夫の女に子供ができ、離婚をすすめる夫の親族とごたつく話)
ろくでなしのサンタ(ポン引きの現行犯で警察に捕まった息子を貰い受けにきた母との話)
オリヲン座からの招待状(子供の時、いつも優しく包みこんでくれた映画館オリヲン座が閉まる話) 

人の哀しさが切々と迫ってくる「鉄道員」、「ラブ・レター」、小学校時代に家業が破産し、両親とわかれて育った筆者と同じく、「帰る家がなかった」子供が主人公の「角筈にて」、女が主人公の「うらぼんえ」も、ググッと胸に響く。暫らく本を閉じて、満ち溢れた情愛、哀しさに浸る。本短編は、「地下鉄に乗って」に続く作品なのだろう。
「暖簾」
山崎豊子
新潮文庫

2013.8.7
15歳の八田吾平、たった35銭を握りしめ淡路島から大阪に出て、老舗昆布屋で、丁稚10年、手代3年と云われたお店奉公を始める。辛い苦しい丁稚奉公の後、27歳の春、お前はもう一人前やと暖簾を分かたれた。大阪商人の生命であり、庶民の旗印と云われる暖簾を大阪商人の根性で大切に育て上げ、浪花屋の暖簾の抵当で銀行から借り入れができるまでになる。しかし、日華事変、息子三人の応召、長男の戦死、戦時下の統制経済と目まぐるしく変わり、昭和二十年、三十八年築き上げた屋台骨が戦火で焼け落ちてしまう。
三十歳となった次男の孝平は、リュック一つで帰還し、焼き払われた船場で、裸一貫から出直す。父、吾平は昭和24年、昆布工場の昆布の上で仰臥して死ぬ。大阪商人は商人馬鹿、それを原動力に、終戦後、十年目の春に、父の代のままの浪速屋の再興を船場で成し遂げる。山崎豊子の、生家の老舗昆布屋をモデルに、明治、大正、昭和にわたって生きぬいた親子二代の大阪商人を主人公とした物語。

生家とはいえ、大変よく調べて書かれている。世相の移り変わりも面白い。ただ、よく調べぬかれたドクメンタリーと云った感じが強く、胸に響く筈の親子二代の生き様は伝わってこない。
「東京プリズン」
赤坂真理
河出書房

2013.8.11
2013年司馬遼太郎賞、紫式部文学賞受賞作品。昭和天皇の戦争責任がテーマ。出版社によると 「文学史的事件」とあるが、理解不能な言葉、脈略のない出来事の連続で読み切るには、相当な忍耐と努力が要る。小生は、第一、二章と最終章でご勘弁願った。

天皇の戦争責任を問うて何の意味があるのか。天皇に戦争責任が無いと思っている人は居るのだろうか。戦争を止めねばと一番強く思っていた人は昭和天皇であった事は間違いないだろう。昭和天皇が居られなかったらと思うとゾッとする。
「天国までの百マイル」
浅田次郎
朝日新聞社

2013.8.14
商社マンの夫を交通事故で亡くし、女手ひとつで四人の子供を育て上げた気丈な母。しかし、心筋梗塞が何時起きてもおかしくない重い病を抱え、三鷹駅からさらにバスを乗り継いでいく大学病院に入院している。主治医は、手術でなく内科的治療を施していた。兄、姉は、忙しさを理由に見舞いにも来ない。破産者で一文無しで、女房子供に愛想をつかされたろくでなしの、一番下の息子、安男が、車を借り自分で運転して、危険を覚悟で100マイル先の千葉鴨浦町の心臓外科の第一人者のいるサンマルコ記念病院に連れていく人情話。

働いたお金は全部、奥さんと子供達への仕送りで一文無しのヤスオを支える歌舞伎町のキャバレーで働くマリが、実に見事に描かれ魅力的。「愛される事は幸せじゃないけど、愛する事って幸せ。毎日が、うきうきする。」と、愛する事がテーマ。母は、「生きようが死のうが構わない。でもここで死んだらヤスオは、一生駄目だ。私が生き延びれば、ヤスオも、もういっぺん生き返る。だから先生、私を助けて」と泣かしてくれる。
「海神」(わだつみ)孫太郎漂流記
安倍龍太郎
集英社文庫

2013.8.20 
徳川10代将軍家治の時代、明和元年1764年、筑前博多に近い唐泊(からどまり)の水夫、孫太郎が20歳の時、塩谷の岬の沖で嵐に吹き流されて遭難。黒潮に乗って、赤道を越え、南赤道海流に乗って101日目、乗組員20人の内、16人が生き残って、ミンダナオ島に漂着。奴隷として売り渡され働かされる。首狩り族に売りつけられたり、次次と襲い来る過酷な状況と闘っていくが、漂流1年半にして、とうとう1人きりになる。遭難後、6年半経って、オランダ船にてやっと日本に帰国。

福岡藩の蘭学者による孫太郎からの聴取記録「南海紀聞」が、この漂流記の源本。

ミンダナオに漂着するまでは、臨場感溢れる表現で迫力満点。その後に始まる過酷な試練からは、次から次に起きる出来事が、単に事実のみ書き綴られるだけと云った感じで面白さ半減。感動の漂流物語りにはならず。
「吉原暗黒譚」
誉田哲也(ほんだてつや)
文春文庫

2013.8.23
吉原の花魁が、三人続いて殺害される。その花魁は、女衒の丑三が抱える花魁ばかり。北町奉行所の貧乏同心は、その丑三に「五百両で、綺麗さっぱり片づけてやる」と話を持ちかける。その上前をはねようとする、生まれは忍び、育ちは女郎、三人の男を密かに殺した事のある、今は売れっ子の女髪結い彩音、そして南町一の剣豪と謳われ、元隠密廻り筆頭同心の男の二人が割り込んでくる。そして、父親に虐げられ、だが父親も生みの母と共に、黒い狐面の押し込み強盗に斬り殺された、時として記憶を失う持病を持つ妖しげな女おようと、多様な人物が、登場し見事に絡み合う、これぞエンターテインメント小説。そして花魁殺しの理由が、すっきりと腹におさまる納得できる見事さ、たいへん質の高い小説。

嘗て読んだ事のある「武士道セブンティーン」の甘っちょろい作風と思っていたが、とんでもなく凄い作家だ。伝奇とホラーの作風との事だが、他の作品も読みたくなる。 
愛しの座敷わらし
荻原浩
朝日新聞出版

2013.8.27
2008年直木賞候補作品。ボケ始めた母、いじめにあっている中学生の娘、病弱な小学生の息子のいる五人家族の主は、47歳万年課長と目されつつあったが、遂に地方へ転勤となる。その家族は、マンションか一戸建てかのすったもんだの末、築103年の古民家に住む事となる。青い空と、木の葉の匂い、日に日に陽に焼けて元気になる子供達。そして、古民家に居ついていた着物姿の小さな子供の座敷わらしのお陰で、家族の絆を取り戻していく。

感動も興奮もなく、筋運びが退屈この上ない。また、可笑しくもない駄洒落表現も鼻につく。浅田次郎の「アイム・ファイン」でも読んでほしい。 
「ストロベリーナイト」
誉田哲也
光文社

2013.8.29

17歳の夏の黒く塗り潰された忌まわしい過去を持つ姫川玲子。ノンキャリアとしては27歳と云う異例の早さで捜査一課殺人犯捜査係警部補となった玲子が活躍する刑事小説。金町水元公園ため池近くの植え込みで、ビニールシートに包まれた腹部が切開され、喉元が斬り裂かれた男性の他殺体が発見された。玲子は、その近くの内留めに同じ遺棄死体がある事を推理するが、見事に的中。続いて、 戸田競艇場で同じような9人の死体が発見される。 

巧みな筋運びと、驚きの展開にグッグと引きずり込まれ、筆者の熱さが伝わってくる。ワクワクゾクゾクだ。気分が悪くなるようなグロさ、凄惨さがあるのだが、物語が進むと、それが必然と分かってくる。とにもかくにも、これぞエンターテインメントの面白さ、一級品。堪らなく好きになったね。

Home  Page へ







読書ノート   トップへ

読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2013.8月